110.セピア(不二塚)
 カタ。触れた写真たてが音を立てる。手塚はそれを手に取ると、ソファに寝転んだ。辛い記憶と温かい想い出がその体を支配する。
 新品同様の状態の写真たて。そこに飾られているのはセピア色の想い出。手塚と、そして不二の写真。
 手塚の中に不二がずっと居たと言う事に気づいたのは、離れてからだった。それまでは当たり前のように傍に不二が居たので、それが当たり前ではなく、そして心の中にまで入り込んできているという事にずっと気づかなかった。
 『好きだよ』
 いつもと変わらない口調で言う不二の言葉を、手塚はくだらない冗談だと考え、軽く受け流していた。その度に、不二は困ったような笑みを浮かべていた。
 あの時、自分の気持ちに気づいていれば。手塚はそのことを何度も悔やんだが、結局は悔やむだけで終わった。九州という距離は、電話一本で繋げることが出来たのだが、手塚はそれをしなかった。
 自分の気持ちに気づいても、不二の言葉が本心だとは理解らない。その考えが、受話器を持つ手塚を躊躇わせていた。
 今となっては、もう過去だ。
 溜息を吐く。掲げていた写真たての角度を変えると、その硝子に自分の顔を映した。多少の幼さは残っているものの、あの頃と同じとは決して言えない顔。それだけの変化を与えた時間に苦笑する。
「あー。またその写真見て。あの頃が懐かしいとか言うつもり?」
 突然聴こえた声に、手塚は体を起こした。声のした方を見ると、そこにはあの頃と変わらない笑顔。
「不二…。帰ってたのか」
「うん。はい、コーヒー」
 体を起こす手塚にカップを渡し、その隣に座る。一口すすった後で、体を寄せるようにして不二もその写真を覗き込んだ。
「手塚は、この頃から僕のこと好きだった?」
 僕は、ずっと手塚のことが好きだったんだよ。耳元に唇を寄せ、囁くようにして言う。そのことに動揺し、手塚はカップを落としそうになった。慌ててテーブルにカップを置く手塚を見て、不二はクスクスと微笑った。
「ねぇ。好きだったの?」
「……多分な」
「多分?」
「ずっと一緒にいるのが当たり前だと思ってたからな。九州に行って、離れてみて、初めて気がついたんだ」
 お前を、好きだという事に。その言葉は言わず、その代わりに手塚は不二にキスをした。その肩にもたれるようにして頬を寄せる。
「じゃあ、君の肩の傷も、九州へ行っていた日々も無駄じゃなかったってことだね」
「そうだな。……随分と、遠回りだったが」
 呟くと、手塚は不二の手からカップを取った。それをテーブルに置き、そして、自由になった不二の手を取る。
「……手塚?」
「今でも、離れていると改めて気づかされる」
「僕が好きだって?」
「そうだ」
「……じゃあ、僕は離れてた方が――」
「だが、オレはもう充分すぎるほど遠回りをした」
 不二の言葉を遮るようにして言うと、手塚はその手を引き、体を後ろに倒した。
「だから。これ以上、オレから離れないでくれ」
 呟いて、真っ直ぐに不二を見つめる。
「……わかったよ」
 いつまでも変わらない優しい笑みで頷くと、不二は手塚にキスをした。
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