111.ワイルド(不二切)
「ほら、そんなにガツガツ食べるから」
 呆れたような顔でオレが弁当を食べるのを見ていた不二サンは、クスリと微笑うと、頬に手を伸ばしてきた。けど、触れたのは手だけじゃなく。
「ご飯粒」
 米粒の乗った舌を出したまま、ニッと微笑う。そのことに顔が赤くなっちまったオレは、弁当を顔の高さまで持ち上げると、そのまま掻っ込んだ。これで、赤くなった顔は隠せた筈だ。
「耳、赤いよ。もしかして照れた?」
 ………意味ねぇし。
 食後、写真をとっている不二サンを見るために、オレは木陰に入らず岩場に座っていた。ただ、暑いから足だけは川ん中に突っ込んで。
 膝に肘を乗せ、頬杖をつく。じーっと振り向かない不二サンの背中を見つめていると、なんだか惨めになってきて。オレは溜息を吐いた。
 途端、不二サンが振り返る。
「何溜息なんか吐いてんの?」
 何で聴こえたんだ?
 驚いて頬杖を止めたオレに、不二サンは楽しそうに微笑うと、カメラを片付け、隣に座った。裸足になり、オレと同じように川に足を入れる。
「冷たくて気持ちいいね」
「……そうっスねー」
「何、その棒読み」
「だってオレ、ずっと足つけてたから。この冷たさに慣れちゃいましたよ」
 不二サンが隣に座ってくれるのは嬉しいけど、さっきまで感じてた惨めさをそれだけでチャラにするのは癪な気がして。オレは不貞腐れたような口調で言った。隣で、不二サンがクスクスと楽しそうな笑い声を上げる。
「何笑ってんスか」
「よしよし」
 笑ったままで、オレの頭を優しく撫でる。その手を振り解こうとしたら、頬にキスをされた。また、顔が赤くなる。
「どうしたの、赤也。俯いちゃって」
「……何でもないっスよ」
 覗きこもうとする不二サンの額を押しのけ、深呼吸をする。両手を頬に当て、赤みが引いたのを確認すると、オレはもう一度深呼吸をした。
「それにしても。写真をとるためとはいえ、意外っスね」
「何が?」
「不二サンがこんな山に来るなんて。もっとインドアな人だと思ってたんすけどネ」
 その白い腕を指差し、少々の嫌味を含めて言った。つもりだったけど。不二サンはそんなことも気にしない風で、相変わらず口元に笑みを浮かべている。
「山はね、結構登るよ。家族で。ハイキング程度だけどね」
 ああ、でも。
 呟くと、不二サンはクスリと嫌な予感をさせる笑みを浮かべた。
「この山は、手塚に教えてもらったんだ。もう何度も一緒に登ってるの」
 ほら、やっぱり。この人はオレが不機嫌になるのを承知で、こういう事を言いやがる。って、理解ってても不機嫌になっちまうオレもオレなのかもしんねぇけど。
「格好良かったな、手塚。普段からじゃ想像できないけどさ。なんて言うのかな、ワイルド?みたいな」
 言いながら、不二サンは自分の言った言葉にケラケラと笑った。多分、手塚サンとワイルドっていう言葉を並べたことが可笑しかったんだろう。オレだって、不二サンと一緒に登ったという事実がなけりゃ、涙を流して大笑いしてた所だ。
 でも今は、そんなことに笑ってられるような余裕はない。
「……で。不二サンは、そのワイルドな手塚サンにちょっと心が揺らいだりしたんスか?」
「まさか!よしてよ、そんな冗談」
 まだケラケラと笑いながら、それでも不二サンは即答してくれた。そのことに、少しだけ安堵した。のも束の間。
「まぁ、ワイルドって言うのは悪くないかもしれないけどね」
 なんてことをちょっとでも真面目な顔で呟くから。オレはちょっと…いや、かなり焦った。
「オレだって、ワイルドっスよ」
 言いながら、オレは腕を曲げ、力こぶを作って見せた。
「どこらへんが?」
 少し呆れたように、不二サンが呟く。
 …力が強いってだけじゃ駄目?なら。
「木と葉っぱでテント作れますし」
「ま、今日は日帰りだから。それに、泊まる時はテント持って行くしね」
「あ、あと。紐さえあれば、木の枝使って、火を熾(オコ)すことも出来ますよ」
「まぁ、紐を持ってるなら、マッチくらい持ってるよね」
「うー……」
 オレの特技はことごとく流され。オレは言葉をなくしてしまった。それでも、不二サンは、他に何かないの?と眼で訴えてくる。
 ワイルド。ワイルド。ワイルド。
 ………あっ。
「オレ、素手で魚捕まえられますよ!」
 川の中に入ると、オレはすぐ側を泳いでいた魚を捕まえた。
「ほら。これで飯には困りません」
 不二サンの目の前に、それを差し出す。これには流石の富士サンも驚いたような顔をしていた。その後で、優しく微笑う。
「そうだね。でも」
「あーっ」
 オレの手から魚を取ると、不二サンはそいつを川に戻してしまった。慌てて追いかけたけど、もうその魚はどこかに消えちまって。
「酷いっスよ」  言って振り返るけど。不二サンは相変わらず微笑ったまま。 「ここで魚を取る時は釣り具を用意してくるし。それに、今日はもう食べたでしょ。僕手作りのお弁当」
 オレを指差す。その手を曲げると、自分の頬を指差した。ほんの少し前の、恥ずかしい出来事が蘇ってくる。
「赤也。また、顔赤くなってるよ?」
「うるさいっスよ」
 ザバザバとわざと音を立てながら、オレは不二サンの元へ戻った。もう、赤い顔を隠したりはしない。
「ご苦労様」
 岩に座ったオレに、不二サンがクスリと微笑う。
「でもさ。赤也って、ワイルドって言うよりは、本当の意味での野生児だよね」
「……へ?」
「なんてね」
 呟いて悪戯っぽく微笑う不二サンに。
「わぁっ」
 オレは思い切り川へ突き落とされた。
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