117.未来(不二乾)
「未来への手紙のつもり?莫迦らしい」
 溜息混じりに言うと、不二は俺から離れ、後ろのベッドに横になった。構わず、ビデオを回す。
「いいじゃないか。何十年か経って想い出が色褪せても、このビデオを見れば今この時間の思い出を蘇らせることが出来るんだから」
「そのとき、僕が隣に居なくても?」
「……頼むから、そういう淋しいこと言わないでくれないか」
「だって、判らないじゃない。そんな遠い未来のことなんて」
 ベッドに寄りかかって言う俺からカメラを奪うと、不二は額に唇を落とした。俺と眼を合わせ、ふふ、と微笑う。
「随分と、意地が悪いんだな」
「乾が妙なことをするからだよ」
 ビデオの電源を切ると、不二はそれをベッドの隅、俺の手の届かない所に置いた。
「ねぇ。取り返したかったら、こっちへおいでよ」
 思った通りというかなんと言うか。不二は含んだ笑みを見せると、俺を手招いた。
 溜息を吐き、ベッドに乗る。不二は俺の肩を掴むと、そのまま組み敷いた。俺を見下ろす不二の眼は、少しだけ不機嫌そうな色をしていた。
「………何が、気に入らないんだ?」
「全部だよ」
 呟いて口元だけで微笑うと、不二は荒々しいキスをしてきた。唇を噛み切られる。
「っ」
「痛い?それは良かった」
「………。」
 不二がこの先にどういった行動を取るのかは、今までのデータから予測は出来る。だが、何故そういったことをするのかの心理が理解らないし、それを回避する術も分からない。
「記録は、記憶じゃないんだよ」
 呟くような言葉。見上げると、不二はいつの間にかビデオを回していた。レンズ越しに、俺の顔をじっと見つめる。
「記録は、想い出を喚起するための切欠でしかないんだ。だから、幾ら未来への記録を残しておいても、そのときに想いが残ってなければ意味を持たないんだよ」
「……それは、どういう」
「君の気持ちが未だ存在していない『未来』に向かっている状態で記録したって、何も喚起されないってこと」
 レンズから眼を離し、直に俺を見つめる。これからどうすれば良いか理解るでしょう?不二の眼が、そう囁く。
 手を伸ばして不二の手からビデオを取り上げると、ベッドの隅に置いた。不二の首に腕を回し、真っ直ぐにその目を見つめる。
「要するに、今ここに存在(ア)るお前に気持ちを向ければ良いということだろう?」
 言って、キスをする。
「正解」
 唇を離した不二は、呟くと満足そうに微笑った。
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