121.夏(不二佐)
「うーん。ひっさびさの海だ」
 潮風を仰ぎ伸びをすると、不二は嬉しそうな顔で言った。
「家族で海水浴とかは行かないのか?」
「あー。行ってるね。行ってるよ。うん」
 俺の問いかけに、思い出したように言うと、不二は悪戯っぽく微笑った。
「訂正。佐伯との、久々の海っ」
 これならいいでしょう?と目で問いかけてくる。それに頷く変わりに笑みで返した。不二も微笑う。
「なんか、海に来ると夏って感じがするよね」
「そうか?」
「佐伯はいつも海を見てるからさ。僕もこっちにいるときはそんな感じはしなかったけど。引っ越してからは、海は夏の象徴みたいに感じるようになったんだよね」
 これって結構凄い発見。今いる場所から離れてみるのもいいのかもしれないよ。楽しそうに言いながら、不二は広げたビニールシートの端を自分の荷物やサンダルで止めた。よしっ、と呟いて、いきなりシャツを脱ごうとするから。
「ちょっ、ちょっと待った」
 俺は慌ててそれを制止した。
「何で?」
「こっ、ココロの準備が…」
 赤くなってしまった顔。落ち着かせるように、オレは俯くと深呼吸を繰り返した。目の端に映る、不二の白く細い足。何をどうやって成長したのかは知らないけど、不二の足は俺が最後に見たときよりも明らかに白くなっていた。
 こんな足見せられて、ドキドキしない方が可笑しい。
「ココロの準備って。あのねぇ」
 少し呆れたような声に、オレは、しょうがないだろ、と呟いた。
「不二がそんな女の子っぽい成長するからだよ。ったく」
「うーん。まあ、確かに佐伯は男の子っぽい成長してるよね」
 楽しげに言うと、不二は俺のそこを指差した。
「……っ」
 その意味に気づいたオレは、思わずシャツでそれを隠しその場に座り込んでしまった。クスクスと不二が微笑いながら、シャツを脱ぐ。
「どうしたの?折角海に来たんだからさ、泳ごうよ」
「………」
 楽しさ以外のほかの感情は窺えない。不二は無邪気な笑顔で白い腕を俺に向かって差し出した。けど俺は、不二がシャツを脱いでしまったせいで、更にその手をとれない状況になってしまっていた。
 無言でいる俺に、不二は含んだような笑みを作った。
「なっ…」
 俺の手を無理矢理引っ張り、その腕で抱きかかえる。その動作はあっという間で。気がつくと、俺は不二にお姫様抱っこをされた形で海へと向かっていた。
「ちょっ、不二っ」
 降ろせとその手を叩くけど、不二は手を緩めるどころか、俺を落とさないようにときつく抱き締めてきて。体を仰け反らせようにも、まあ、そうも行かない事情とやらがまだ鎮まっていないため、仕方なく俺はその腕の中にいるしか無かった。
 伝わってくる体温が、この真夏の太陽の陽射しよりも熱く感じる。
「僕だって、男の子っぽい成長もしてるんだよ。こう見えても、力持ちなんだから」
 女の子と言ったこと、さらっと流してたけど、実は怒ってたのかもしれない。不二は人目も気にせず、どんどん浜辺を海に向かって歩いていき、ついにはバシャバシャという足音が聞こえてくるまでになった。
 もう海に着いたのだから、降ろしてくれてもいいだろうに。不二は膝まで浸かってもまだ俺を下ろそうとはしなかった。
「突然海に投げ入れたら、心臓麻痺起こすかな?」
「……怖いこと言うな。でも、俺はここで育ったからな。きっとだいじょっ」
 大丈夫、と最後まで言う前に、不二はオレをポンと放り投げた。まさかここで離すとは思ってなかったから、俺はそのまま海に沈み、海水を多少ではあったが飲んでしまった。
「ゲホッ。ケホッ。……っ、不二」
「あはははは」
 塩辛さに咽ながら不二を睨みつけるけど。不二は全然悪びれた様子もなく、俺を置き去りにしてどんどん遠くへと走っていった。肩までの深さのところで立ち止まり、俺を振り返る。どうやら、ここまで来いと言うことらしい。
「ねぇ。あそこまで競争しようよ。そしたら、僕、君の気持ちに答えてあげるから」
 不二の後を追い、どんどん海水に浸かっていく俺に、不二は少しだけ声を張り上げて言った。
「はぁ!?」
 その意味が理解らず、思わず妙な声を上げる。けど、不二はそれには答えずに、意味深な笑みを俺に見せた。
「追いついたっと」
 不二の肩に触れ、立ち止まる。不二はもう一度手招きをすると、俺の耳に手を当てた。
「僕、知ってるんだよ。佐伯が僕のこと好きだって」
「………っ」
「だから、ね。あそこまで競争。もし佐伯が勝ったら、この夏を君だけのために使うよ」
「……不二が勝ったら、どうするんだ?」
「僕が勝ったら……佐伯の夏をもらうよ」
「へ?」
「僕も好きなんだ、佐伯のこと。じゃあ…よーい、どんっ!!」
「……ちょ、ちょっと待てよ不二っ!今のって…」
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