122.背(不二リョ)
「……オカシイ」
 コートの隅で試合を見ていると、不満そうに彼が言った。
「なに?」
 いつものように視線を合わせる。つもりだったけど、僕が見たのはリョーマの口元だった。
「ぜーったい、オカシイっスよ」
 そのまま彼の口元を見てると、突然目が合った。どうやら、彼は背伸びをしていたようだ。
「何がおかしいんだい?」
「だって俺、牛乳毎日飲んでるんスよ。その成果だって出てるのに」
 何で…。悔しそうに呟くと、彼は俯いて帽子を直した。
「まぁ、僕も成長期だからね。ちょっと遅れちゃったけど」
 帽子のツバを掴み強引に上を向けさせると、苦笑した。膨らんでいる彼の頬を、両手で挟むようにして空気を抜いてやる。
「それにしたって、俺とアンタの身長差はちょっとだけではあるけど、縮んでるはずなのに」
 何で、アンタはそんなにでかいの?つぅか、何でそんなにでかくなってんの?絶対オカシイよ。だって乾先輩よりでかく見えるときがあるんスよ?
 僕を見上げ、一気に文句を言う。その必死とも取れる姿に、僕は微笑った。帽子を取り、彼の頭をクシャクシャと撫でる。
「ほら、今だって…」
 頭を撫でられたことに、少しだけ頬を赤くしながら、彼は呟いた。
 ああ、なるほどね。何となく、理解った気がするよ。
「多分、それは内面な問題だね」
「?」
「だから、精神的に、リョーマは僕を見上げてるってこと」
 まあ、だからといって、僕が彼を見下ろしているというわけではないけれど。確かに、彼に対しては恋人というのは勿論だけど、弟としてという感情もある。多分、そこらへんのことも絡んでいるのだと思う。
「……別に、俺はアンタを見上げてなんかいないっすけどね」
「そう?でも、甘えてはいるでしょう?」
 僕のせいでボサボサになってしまったその髪を直し、帽子を被せてやる。僕の問いかけには何も言わなかったけれど、彼は中途半端だった帽子のツバを深く被り直した。それは、彼が照れている時にする仕草で。思わず微笑った。身長差を利用して上手く顔を隠したつもりだろうけど、それだけじゃ駄目なんだよな、なんて。
「不満?」
「え?」
「だから、身長差」
「……別に、不満ってわけじゃないっスけど」
 顔、よく見えないし。消え入りそうな声で呟き、また帽子のツバを触る。
 何だ、そんなことか。内心で安堵の溜息をつくと、僕は彼の顔を覗き込むように、体を屈めた。
「これなら、よく見えるでしょう?」
 彼の頬に手を触れ、微笑ってみせる。そのことに顔は頬を赤くしながらも、頷いてはくれなかった。
「それじゃあ、俺は何も変わってないから」
「……しょうがないな。じゃあ」
 深呼吸をし、彼の背と膝の裏に手を回すと、一気にその体を持ち上げた。
「わわっ。何するんすか!」
「ほら、ちゃんと体の力抜かないと、背中から落ちちゃうよ」
 所謂、お姫様抱っこと言う奴だ。突然のことに体をピンと伸ばしている彼に言うと、背中から落ちるのが怖いのか、大人しく僕に身を委ねた。僕の首に腕を回して体を密着させてくる彼に、良い子だね、と微笑う。
「ね。これなら、僕の顔、よーく見えるでしょう」
「………っスけど」
 さっきよりも更に顔を赤くしながら、彼は頷いた。そのあとで、周囲を見回す。
「ん?」
「常にこうしてるってわけには行かないっスよね。ほら…」
 溜息混じりに呟いて彼がコートの向こうを指差す。それに導かれるようにして視線を向けた僕は、思わず、あ、と声を漏らしてしまった。
「そこっ。グラウンド20周だ!」
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