123.時間(不二乾)
「遅い」
「す、すまない」
 腕組をして不機嫌そうに睨みつけてくる不二に、俺は着くなり体を折り、合わせた両手を頭より高く上げた。すまなかった、ともう一度謝る。
「別にいいけどね。乾の遅刻癖はいつものことだから」
 計画を練ってない時はこれだから。溜息混じりに不二が呟く。恐る恐る顔を上げてみると、睨みつけてはいなかったものの、相変わらず不機嫌そうな笑みを見せていた。
 これだ。こういう笑顔が何より怖い。
「ねぇ。僕が大切にしていることって、何だか分かる?」
 その笑顔のまま、不二は俺の顔を覗き込むようにして訊いてきた。
 答えられなくて、沈黙してしまう。
 だがこれは、俺なりの自己防衛だったりする。下手に答えて間違えるよりは、沈黙していた方がいい。もし間違えようものなら、そのあと、不二からお仕置きをくらうのは必死だ。例え沈黙していることを罵られても、それだけは避けなければならない。
「僕が何より大切にしてるのはね、乾と過ごす時間なんだよ」
 呆れたといったような意味を含めた溜息をつくと、不二は俺の手を強く握った。引っ張るようにして、歩きだす。
「不二…」
「言っとくけど、僕、まだ怒ってるからね」
 でも、説教で時間を潰す気は無いから。1分1秒だって無駄には出来ないんだからね。いつもよりも低いトーンで言いながら、ずんずんと進んでいく。俺はそれに引っ張られるようにしてただあとを着いて行くしか無かった。
 黙って歩く。この沈黙が怖い。
「ふ、不二」
「何?」
「何処へ行くんだ?」
 今日のデートは、不二が仕切ることになっている。だから俺は計画を立てることが出来ず、遅刻した。なんて事は、言い訳にもならないが。
 自分でも不思議なのだが、どうやら俺は計画表がないと普通の人よりもルーズな性格になってしまうらしい。
 そのことは不二も知っているのだから、俺に遅刻されたくなければ、計画表くらい用意してくれてもいいと思うのだが。
 まあ、不二に不機嫌になられるのが嫌なら、俺が計画表なしでもきちんと行動できるようになればいいというほうが、一般的な意見だろうな。
「どこって?そんなの、決めてるわけないじゃない」
「なっ…」
「何で?決めてないと、駄目?」
「……別に駄目だとはいっていないさ」
 だが、それなら5分の遅刻くらい見逃してくれても良いんじゃないか?などと言う疑問は飲み込んで。俺は不二の手に自分の指を絡めた。これで、少しでも機嫌が良くなってくれればいいのだが。
「だからね、こういう何も決まってない時間を2人で過ごすことが、僕にとって何よりも大切なんだよ」
 何をするか決まっている時間なら、誰とだって過ごせるけど。こういう時間はやっぱり好きな人とじゃなきゃ過ごせないでしょう?
 手を握ったことで機嫌が良くなったというよりは、もう既に俺への怒りなどどうでも良くなったのだろう。不二は繋いだ手を強く握り締めると、俺を見上げてやっと微笑ってくれた。
「……そうだな。俺も、計画表があれば誰とでも過ごせるけど、こういうのは不二とでなければ無理なのかもしれないな」
 まあ、他のやつとこんな時間を過ごしたことがないから、はっきりとしたことはいえないが。
 呟く俺に、不二は、ふふっ、と微笑った。悪かった。その笑顔に、もう一度謝る。
「大好きな僕と大切な時間を過ごすんだと思えば、きっと時間通りにこれるはずだよ。だから、次は遅刻しないようにね」
「……精進します」
 言って頭を下げる俺に、大丈夫、もう怒ってないよ、といつものトーンで言うと、不二は優しく微笑ってくれた。
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