127.カップ(不二幸)
 コーヒーに月と星を浮かべ、ゆっくりとそれを飲み干す。
 孤独を癒してくれる唯一の時間。
 だったのだけれど…。
「……コーヒーはブラックが良いんだけど」
 俺の手に渡されたカップを覗き込んでも、俺の顔も何も映らない。
「駄目だよ」
 不満そうに見つめる俺にクスリと笑うと、不二はベッドに座った。
 どうやって忍び込んでいるのかは知らないが、俺の部屋が個室だという事をいいことに、不二は時々、こうして夜に訪れる。だからといって、何かがあるわけではないのだが、それでも、独りきりではないということは俺にとって大きな救いになっている。
「ブラックは胃に悪いんだから」
「……この間まではブラックだったくせに」
「ふふ」
 一体、どういう考えでそうなったのか。一週間ほど前から、不二はコーヒーを淹れる時に必ずミルクを入れるようになった。砂糖は俺の好みに合わせて入れてくれるのに、ミルクだけは強制的に入れられる。何度不満を言っても、不二はそれを止めてくれない。
 とはいえ、別にミルクが嫌いなわけではないのだから、構わないといえば構わないのだけれど。だが、俺が自分で淹れたコーヒーにまでミルクを入れようとするのは、少し頂けない。理由が分かれば違うのだろうけど。
「何?怒ってるの?」
「別に。ただ、理由くらい教えてくれてもいいと思っただけさ」
「だから、ブラックは胃に悪いんだよ」
「それだけが理由では無いだろ?」
「……まぁね」
 また、ふふ、と含んだ微笑い方をする。不二は一度俺を強く抱き締めたあとで、ベッドから降りた。窓辺に立ち、カーテンを開ける。
「ほら、この間話してくれたじゃない。コーヒーに夜空を映して飲み干すのが好きなんだって。孤独を忘れられるからって」
 映るはずも無いのに、不二はカップを窓に向けると、それを飲み干した。その後で、俺のほうを振り返る。
「だから、だよ」
「……何?」
「必要ないじゃない。こうして僕が傍に居るときは。だから、ブラックは禁止」
 俺の元へ戻り、指を絡めるようにして手を握ると、不二は微笑った。
「君は独りじゃないんだよ。僕が居るんだから。それだけは、ちゃんと憶えておいてね」
「……そうだな。すまない」
「すまないって思うなら、これからは孤独を感じたときは遠慮なく僕を呼んで。飛んで行くから」
 自分のカップを置き、俺の手からもカップを取ると、不二は俺の両手をしっかりと握り締めた。コツンと額を合わせ、見詰め合う。
「いつでも、どこにいても駆けつけるよ」
「授業中や試合中でも?」
「授業中や試合中でも。」
「睡眠中でも?」
「他ならぬ幸村からのお呼びとあらば」
 クスクスと微笑いながら答える不二に、俺も自然と笑顔になる。
「良かった」
「何?」
「やっと微笑ってくれたからさ」
「うん。不二のお陰だよ」
 微笑いながら言うと、俺は礼を言うかわりにその笑顔にキスをした。
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