129.角(不二リョ)
「寝顔だけみてると、天使みたいなのに…」
 俺は先輩を起こさないように頬杖をつくと、その寝顔をじっと見つめた。
 こういうとき先に眠っちゃうのは俺で、んで先に起きるのは先輩だから。俺は先輩の寝顔を見ることは殆んどない。
 もし先輩が俺の寝顔を見るよりも先に、俺が先輩の寝顔を見てたら、押し倒すのは俺の方だったかもしんない。ちょっと考えて、それは在り得ないと苦笑した。大会の後のバス、桃先輩と寄り添って眠ってしまった俺を見て、お気に入りから襲いたくなる対象へとへと変わったのだと聞いた。なにそれ、とは思ったけど、まあ今になってなんとなく理解ってきた気はする。俺だって今は、先輩のお気に入りとして目をかけてもらうだけよりも、こうやって一緒に…肌を合わせてるほうがいいし。
 なんて。きっとこの考えは、先輩によって操作されたものだと思うけど。
 寝顔だの笑顔だのって、それだけを見てると、本当に先輩は天使に見える。女子たちにモテるのも理解る気がする。
 でも、それは間違い。先輩の本性を知ってる人は案外少ない。テニス部のレギュラーの中にいても、知らない人はいる。河村先輩とか、海堂先輩とか。手塚部長や桃先輩達も、先輩の本性を見たことはあったはずなのに、その笑顔に騙されてすっかりそれが記憶から欠け落ちているみたいだ。
 あ。何かムカつくかも。
 でもまあ、先輩の本性を知ってる数少ない人の中に俺はいることが出来るんだから、そっちのほうが嬉しい。…んだと思う。
 まあ出来れば、いつも先輩には天使みたいな感じでいて欲しいんだけど。
「……ん」
 先輩の口から微かに声が漏れる。起きたのかと思って、俺は少しだけビックリしてしまった。って、何も悪いことしてるわけじゃないから、ビクつく必要は無いんだけど。
 見つめる先輩の口が、リョーマ、と動く。そのことに、さっき驚いたせいじゃなく、胸が高鳴った。先輩を起こさないように気をつけながら、俺の名前を呟いた唇に自分のそれを近づける。
「周助」
 名前を同じようにして呟きで返し、触れるだけのキスをする。
「掴まえた」
「んっ……」
 愉しそうな先輩の声と共に、俺は強く抱き締められ、そして深く唇を重ねられた。寝惚けてるとか寝起きとは思えない濃密さに、酸欠状態になる。
「おはよ」
「っは。ケホッ、ケホッ…」
 やっとのことで唇を解放された俺は、思い切り息を吸いすぎて咽てしまった。大丈夫?と言いながら、先輩は抱き締めていた手で俺の背をさすった。クスクスと笑うその声に、嫌な予感がじわじわと沸き起こってくる。
「……もしかして、ずっと起きてたんスか?」
「うーん。途中から、かな。君の熱視線を感じてね。そのまま寝ちゃっても良かったんだけど、放っておいたらリョーマが僕を襲いそうな気がしたから」
「誰がアンタなんか襲いますか。ってか、襲えるはず無いじゃないっスか。魔王なんて…」
「魔王?リョーマ、僕のこと天使みたいだって思ってたんじゃないの?」
「……っ、聞いてたんスか!?」
「聞こえちゃったの。だって、この部屋は二人しかいないし、それに」
 こんな至近距離じゃ、聞こえるのは当たり前だよ。
 顔を近づけ、ニッ、と笑うと、先輩は俺に触れるだけのキスをした。唇を離して俺を見つめるその姿は、やっぱり魔王にしか見えない。
「天使って言ったのは、寝顔だけ。アンタ、そのうち詐欺罪で訴えられますよ」
「非道いな。だったらせめて、悪魔くらいで止めてくれないかな。天使から魔王って、格が違いすぎるし」
 苦笑して言うと、先輩は俺の肩を掴んで身体の位置を変えた。真っ直ぐに、俺を見降ろしてくる。
「……駄目っスよ。アンタの本性は魔王」
「なんで?」
「だって…」
 周助の頭に立派な角が生えてるの。俺にははっきり見えるし。
 それは決して悪魔の角みたいな可愛いもんじゃなくて。もっとがっしりとした、それだけで人ひとり殺せそうな感じの角。
「……うーん。じゃあ、僕はリョーマと同じなってことだね」
「は?」
「だって、リョーマの頭には猫の耳があるの、僕には見えるし。ね、リョーマも僕も、頭になんか生えてるって。一緒だね」
「……格が違いすぎません?」
「そう?同じだよ。だって、そんな魔王様をも虜にするくらいの猫なんだから」
 言って、また微笑う。その笑顔だけはまさに天使の微笑みってやつで。
「………バカ」
 呟くと、俺は赤くなった自分の顔を隠すように先輩に腕を伸ばし抱き寄せた。
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