130.棘(不二観)
 この世で、ボクほど薔薇が似合う男はいないと思っていました。けれど、どうやらそれは間違いだったようです。
 コートに咲き乱れる、美技の数々。余裕の笑みを浮かべてボクを惑わすその姿。それはまさに、ボクが捜し求めていた美、そのもの。
 天才・不二周助。彼こそが世界一薔薇の似合う男。そして、ボクの王子様っ!
「何、莫迦なこと言ってるんだ。いいからさっさと、これ受け取ってくれないか」
 ボクの回想を打ち消すように彼は言うと、ボクの胸に真っ赤な薔薇の花束を押し付けてきた。んふっ。そんなに焦らなくても、ちゃんと受け取りますのに。
「嗚呼、不二クン。お待たせしてしまったスミマセン。まさかこうして貴方がお礼を届けにわざわざ足を運ぶとは思っていませんでしたから、感激してしまって…」
「お礼?ふざけるなよ。邪魔だから返しにきただけだ。裕太の顔を見るついでにね」
 ボクの声を遮るようにして言うと、彼はボクの手を取った。花束をその手にしっかりと握らせる。伝わってくる温もりに、ボクは思わず顔を赤らめてしまった。
 ただ触れているだけ、それだけなのにこんなにもボクの心を揺るがすなんて、流石です。やはり彼は、ボクの運命の人。
「不二クンっ」
 彼の手が離れる前に、僕はその手をしっかりと握り締めた。彼の目を、じっと見つめる。
「……何だよ、気持ち悪いな」
「貴方はボクの王子様です。どうかボクを貴方のお城まで連れて言って下さい!」
「……………」
「……………」
「…………死ね」
 にっこりと天使のような微笑みを浮かべると、彼は薔薇の花束をボクの顔に押し付けた。
「痛っ…」
 感じる痛みに思わず手を離し、顔を覆う。
「棘がついたままの薔薇を贈ってくるのが悪いんだよ。これに懲りて、二度と変なものを贈ってこないように」
「ちょっ待っ…。不二クンっ!」
 ようやくのことで目を開けたときには、彼の姿はなく、ただ去り際の不気味な笑い声だけがボクの耳に残っていた。
「不二クン……」
 呟いてみるけれど、彼が戻ってくるはずもなく。しかたなしに、ボクは落ちていた薔薇の花束を拾い上げた。一輪手にとろうとして、手を離す。
「痛っ…」
 痛みを感じた指先をギュッと押すと、じわじわと出てくる血。ボクはそれを口に含みながら、大切なことを忘れていたことに気づいた。
 そう、彼は薔薇。何よりも気高く、何よりも美しい。でも、そんな薔薇には人を拒むかのような棘があることを。
 きっと、不二クンの心にも棘があって。そのせいでボクの愛を受け止めることが出来ないのでしょう。そう、今の段階では、彼はボクの王子様ではなく、眠れる森の美女、いばら姫なのです。そして、ボクこそが彼を目覚めさせる王子様。
「んふっ。待っていてください。貴方の棘は、ボクがひとつの残らず取って差し上げますから」
 そしてそのときこそ、晴れてボクたちは結ばれるのですっ!
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