131.炎(不二リョ)
 先輩のクローゼットは魔法のクローゼットだ。四次元ポケットに近いかもしれない。そこには大量のレコードや服が入っているらしいけど、俺は一度もそんなもんが入ってるのを見たことがない。この間は大量の俺の写真が入ってたし。
 そんで、今回は…。
「なに、これ?」
 大量に出てきたのは、ロウソク。いい匂いのするものから、何か妖しげなものまで。大きさも形も様々。
 一体、こんなもん何に使うんだ?
「ああ、それ?」
「……周助」
 いつから部屋に戻っていたのか、先輩は机にジュースを置くと、俺の後ろに座った。脇から手を伸ばして、俺が持ってたロウソクを手に取る。
「まーたヒトのクローゼット勝手に開けて。駄目だよ」
 持っていたロウソクで俺の頭をコツンと叩くと、先輩は俺から離れた。ブラインドを閉め、机に座る。
「……な、何するつもりっスか?」
「んー。これ、何に使うか知りたいんでしょ?」
「…ま、まあ」
 引出しから出したマッチで火をつけると、先輩は俺を手招いた。薄暗い部屋に、先輩の笑顔だけがオレンジに色づいてて。なんか、妙な感じだ。
 このまま先輩に近づいても、俺は平気なんだろうか?
「ほら、おいで」
 少し椅子を引き、自分の膝をポンポンと叩く。どうやらそこに座れといってるようだった。
 なら、大丈夫かも。
 それでも、俺は先輩の手の動きに注意しながら、その膝に座った。
「そんなにビクビクしなくても。何もSMしようってわけじゃないんだからさ」
 俺の耳元に口を寄せると、先輩は微笑いながら囁いた。考えを見事に見透かされた俺は、勿論顔が赤くなる。
「それとも、そう言うことしたいの?」
「じょっ、だん言わないでくださいよ」
 ロウソクを手にとって俺のほうへ近づけるから。俺は出来るだけ先輩にくっつくようにして身をひいた。冗談だよ、と先輩が微笑う。
「ほら、見て」
 ロウソクを机に置くと、先輩は呟いた。
「綺麗でしょう?」
「………何が?」
「炎、だよ。蝋燭の」
 言われて、俺は改めてロウソクの火をじっと見つめた。俺の呼吸のせいなのか、それとも何か別の力が働いてるのか、ロウソクの火は時折ゆらゆらと揺れる。
「これ見てるとね、落ち着くんだ。どう?」
「綺麗っていうか…」
 目が、放せなくなる。意識ごと吸い込まれるような感覚。いつまでも眺めていたいって。そんな気持ち。不思議な感情。
 どこかで、味わったことがある感情…?
「そろそろ、終わり」
 余り熱心に見てると、僕、妬いちゃうよ?
 ふふ、と微笑うと、先輩はロウソクを手にとり火を吹き消した。俺を膝から下ろし、ブラインドを開ける。
「……まぶし」
 差し込んでくる大量の光に、俺は思わず目を細めた。変だな、部屋を暗くしてたのはほんの少しの間だったのに。それだけ、ロウソクの火に集中してたってことなのかもしれない。
「ねぇ、リョーマ。こっちおいでよ」
 ようやく目が慣れた俺に言うと、先輩はそのまま手を引いて俺をベッドに組み敷いた。真っ直ぐに、見下ろしてくる。
「………ぁ」
 その眼に、思い出したのは、雨の日の試合。
 そうだ。あの時と同じ感覚だったんだ。ロウソクの炎を見た時に俺が感じたのは。あの時の、そして今の、先輩の眼。一度合わせたら、眼が放せなくて。そのまま、意識を吸い込まれそうになる。
「なんだい?」
 見つめる俺に、先輩は笑顔を作ると、額に唇を落とした。その先輩の頭を掴み、唇を重ねる。
「……リョーマ?」
「炎」
「え?」
「色は違うけど。周助の眼は、ロウソクの炎と同じ」
 蒼い炎。俺だけが見ることを許されてる。
「気に入った?でも、僕の眼は蝋燭の炎とは違うよ」
 だって、リョーマを見つめる僕の蒼い炎は、未来永劫消えることは無いんだから。
 囁いてキスをすると、先輩は蒼い眼で俺をまっすぐに見詰めた。
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