132.デジタル(不二乾)
「それ、どうにかしてくれないか?」
 勢い良く最後のキーを叩いた所で、彼が振り返った。少し苛立たしそうに眉を吊り上げて。
「いいじゃない。本くらい読ませてよ」
 一緒に居たいという彼の要求を聞き入れて部屋に来てるのに、パソコンに向かっている間は全然僕に構ってくれない。だったら呼ばなければ良いのに、それでも僕がいないと淋しいなんて。まあ、そういう所がたまらなく可愛いといえば可愛いんだけど。大人しく従っているのだから、彼が僕以外のものに集中してる時は、僕だって彼以外のものに集中したって良いはずだ。
「違うんだ。本は読んでても構わないから。その時計をどうにかしてくれないか?」
 僕の腕を指差す。そこには、アナログの腕時計。去年、カメラに夢中になると時間を忘れてしまう僕に姉さんがくれたものだ。いつもはつけてなかいんだけど、今日は彼の家に来る前、午前中に散歩がてら撮影してたから。
「何で?」
「気になるんだ。その秒針の音が」
 彼に言われて、僕は耳を済ませてみた。けれど、秒針なんて聞こえない。耳に当てるか、それくらいに顔に近づけないと聞えてこない。
「それよりも、乾がキーを叩く音の方が大きいよ」
「聞き慣れない音だからなのかもしれないが、どうも俺にはその音だけがはっきりと聞こえてしまうんだ」
「へぇ…。そっか、乾は一応、本を読むからね」
「……悪かったな、辞書ばかりで」
「デジタル人間が電子辞書持ってないのもちょっと問題だよね」
「どうせ俺の家はお前の家と違って貧乏だよ」
 拗ねたような口調で言うと、とにかくその音をどうにかして止めてくれ、とだけ言い残して彼はまた画面に向かってしまった。
 仕方ないな。溜息を吐く。
 ベッドに仰向けに身体を倒して腕を伸ばすと、バッグを探り当てた。腕時計をタオルに包み、その中へとしまう。
「これでいいでしょ?」
「……ああ」
 もう既に上の空な返事。僕はまた溜息を吐くと、仰向けになったままで彼の部屋をぐるりと眺めた。
 そういえば、彼の部屋にはアナログ時計がない。どれもデジタルなものばかりだ。だからと言って、無機質って感じはしない。それはきっと、彼の部屋の汚さに理由があるんだろうけど。
「ふぁっ…」
 横になってたら、なんだか眠くなってきた。まあ、彼の仕事はまだ続きそうだし、少しくらい眠ってもイイかな。
 ………なんて。眼を瞑ってみたけど、やっぱりこの部屋だと、と言うか、この状態だと僕は眠れないみたいだ。
「ねぇ、乾」
「何だ?」
「それ、どうにかしてくれない?」
「………ああ」
 人の話、聞いて無い。
「ねぇ、乾ってば」
 彼の後ろに立つと、その椅子を回転させた。僕へと向かってくる顔を両手で挟んで、思いっきりのキスをする。
「……不二っ」
「だって、乾が僕の話を聞いてくれないから」
 僕がとった行動に一瞬にして顔が赤くなった彼に微笑うと、出来るだけ彼の口調を真似して言った。
「気になるんだ、電子機器の音が。聞き慣れない音だからなのかもしれないけど、どうも僕にはその音だけがはっきりと聞こえてしまうんだ」
 彼のパソコンやプリンタ、それから録画予約のために作動しているビデオ。それらを順番に指差す。最後に彼の顔を指差すと、彼は溜息を吐いた。
「けど、いつもは眠れてるじゃないか」
「それは乾とイイコトした後だからだよ」
「なっ…」
 僕の言葉に、また顔が赤くなる。僕はニヤリといやらしい笑みを浮かべると、彼の腕を強引に引いた。そのまま投げつけるようにしてベッドに寝かせる。勿論、僕は彼を逃がさないよう、その上に跨る。何が起こっているのか理解らないその顔。頬に触れると、僕は唇を落とした。
「……不二?」
「だからさ。別にパソコンを消せとは言わないから。そのかわり、僕を眠れるようにして欲しいんだ」
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