134.瞳(不二幸)
 こうして毎日同じ生活を繰り返していると、総ての世界が鈍色に見えてしまうときがある。この窓から見える、好きだったあの青空さえも、その色を失ってしまう。
 だけど。
「幸村。おはよう」
「……おはよう、不二」
 横になって窓の向こうを見つめていた俺の顔を覗き込むようにして微笑うと、彼は椅子に座った。鈍色の空から彼へと視線を移動させる。
「何してたんだい?まさか、本当に眠っていたわけじゃないよね?」
「空を見てた」
 俺の手を探るようにして握ってくるその彼の手をしっかりと握り返すと、俺は体を起こした。窓の外、無限に広がっているはずの空を見つめる。
「そっか。今日はいい天気だからね」
 俺から手を離して立ち上がると、彼は窓を開けた。陽を背にするようにして、振り返る。吹き込んできた初夏の風が、彼の髪を攫う。
「……天気、良いんだ」
「ん?だから空を見てたんじゃないの?」
「そうなのかもしれない。けど」
 不思議そうに見つめてくる不二に、俺は思わず俯いた。
 天気が良いような気はしていた。総てが鈍色に見えても、そこに流れている穏やかな空気くらいは分かる。
「幸村?」
 突然、近くで聞こえる声。顔を上げると、彼が心配そうな顔で俺を見ていた。首を振り、何でも無いと微笑ってみせる。
「全く。仕方がないな、幸村精市クンは」
 苦笑すると、彼はそのままベッドに座った。俺の頬に手を添えて、優しくキスをする。
「僕が何の為に毎日幸村に会いに来てるか分かる?」
「不二が俺に会いたいからだろ」
「まぁ、それもあるけどね。それともうひとつ。なんでもヒトリで抱え込んでしまう幸村精市クンの、その胸にあるモノを少しでもいいから軽減させてあげたいんだよ」
 ピンと立てた人差し指で俺の胸をトンと突付く。
「全部を救うことは出来ないけど。少しくらいは、楽になるんじゃないかな」
 だから、話してみて。頬に触れたままだった手を頭まで移動させると、彼は俺の髪を梳くようにして撫でた。優しい眼で、俺を見つめる。
「……いんだ」
「ん?」
「無いんだ、色が。時々だけど、全部が鈍色に見えるという事がある。今も。だからあの空は、俺にはどんよりと曇っているように見える」
「…幸村…」
「でも、大丈夫。不二が来てくれたから」
 不安げな色に変わってしまった彼の顔。その頬を両手で包むと、俺は自分からキスをした。額を合わせ、彼を見つめる。
「大丈夫。不二がこうして俺を見つめていてくれれば」
「………?」
「自分でも不思議だけど、不二の眼の色だけははっきりと見える。だから、俺は大丈夫だよ。不二の瞳を覗き込めば、俺の好きな青空をいつでもみることが出来るから」
 だからもっと俺を見つめて?
 囁くと、不二は、まいったね、と呟いて微笑った。
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