149.兄弟(周裕)
「好きだよ、裕太」
 なんて。もう殆んど口癖と化しているから。オレは何のリアクションも返さなかった。それが不満なのか、兄貴はベッドで寝そべりながら本を読んでいるオレの背中に乗ってきた。
「ねぇ、裕太。聴いてる?」
 オレの手から本を取り上げ、ギュッと抱き締める。背中に感じる痛いほどの温もりに、オレは何とか仰向けになった。兄貴を振り落とし、起き上がる。
「聞いてるよ。っつーか、聞き飽きた。それ以外に言うことないのかよ?」
 せっかく離れて座ったのに。兄貴は体を起こすと体重を掛けるようにして後ろからオレを抱き締めてきた。ウゼェと呟いて体を捩るけど、今度はなかなか離れない。
「他に言いたいことは沢山あるんだけどさ。でも、まずはこの言葉の意味をちゃんと理解してもらわないと」
「はぁ?」
 何を言ってるんだ、コイツは。
「だって裕太、理解してないでしょう?僕の言う『好き』が、何の『好き』か」
「……理解ってるっつーんだよ。いいから離れろ。このブラコン」
 思いっきり体を捻るオレに、兄貴は苦笑しながらも手を離してくれた。とりあえず、ベッドから降りて椅子に座る。くっついてくるかとも思ったが、兄貴はそれをせずにさっきオレから取り上げた本をパラパラと捲り始めた。
 何の『好き』かだって?馬鹿げてる。オレをからかう為の『好き』だろ?
 だって………そんな事は有り得ない。そうであったらどれほど良かったか知れない。
 寮生活を始めてから、オレはそれまでの生活の殆んどを兄貴に頼って来た事に初めて気づいた。何かオレが困っていれば、直ぐに兄貴が駆けつけて助けてくれた。あの時から兄貴はオレのことが好きだと口癖のように言ってたっけな。
 あの時は、兄弟として、家族としての『好き』。そして今は、オレをおもちゃのようにして遊ぶための『好き』。どっちにしたって、オレは兄弟という関係以上のものにはなれねぇんだ。……今は、おもちゃだから、兄弟以下ってことか。
 なんて考えてると、本を閉じる音と小さな溜息が聞こえてきた。顔を上げると、兄貴がオレをじっと見ていた。
「裕太さ、こんなノンフィクションばかり読んでないで。もうちょっと違うの読んだら?」
「……な、何だよ。オレがどんな本読んでたっていいだろ?」
「そりゃ、裕太の自由だけど。色んなジャンルの本を読んだ方が人生の幅が広がるじゃない」
「……ジジくせぇな」
「ま、お兄ちゃんですから」
 クスクスと楽しげに微笑う。その言葉にオレが傷ついてる子と、兄貴は知らねぇんだ。まだ口元に笑みを浮かべたまま、兄貴は立ち上がると、オレに本を差し出した。それを受け取ろうと伸ばした手を、掴まれ強引に引き寄せられる。
「…………っ!?」
 一瞬暗くなった視界。明けたときには唇に温もりが…。
「今、何した?」
「キス、だけど」
「……………はぁっ!?」
 何してんだよ、コイツはっ。そんな嫌な予感はしてたけど、実際に兄貴の口からその単語を聞いたオレは、一瞬にして顔が赤くなってしまった。何か言い返さなきゃとは思っても、それが上手く口から出てきてくれない。
「でもさ、これでちゃんと理解できるんじゃない?僕の『好き』が、何の『好き』か」
「…………兄貴、それっ…」
「それでも理解らなければさ、姉さんから本借りなよ。それ系の本、沢山持ってるからさ。…さて、僕これからちょっと出掛けてくるから。じゃね、裕太。愛してるよ」
「ちょっ、待てよ。あに――」
 オレが止めるのも聞かず、笑顔のまま兄貴はさっさと部屋を出て行ってしまった。残ったのは、オレの混乱。
「……何なんだよ、『それ系の本』って」
 何なんだよ、『愛してる』って……。
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