163.出会い(不二幸)
『108.誰?』と関連

 体力が、落ちている。売店までの道のりが、きつい。寝たきりの生活がこんなにも体を弱らせるなんて。
「ったく。真田のせいだ…」
 違う。これが自分のせいだということくらい理解っている。それでも、口に出して誰かに罪を擦り付けなければならないほどに、俺の精神もまた弱っているということだ。
 昨日の段階で、明日は俺の好きな作家が久々の新刊を出すから、見舞いに来る途中売店で買ってきてくれ、と頼んだ。真田は快く引き受けてくれたのに。
『悪い、幸村。ミーティングが入った。今日は見舞いに行けん』
 ときた。
 俺より部活、か。俺が入院してからの真田は優しい。だから、そろそろ真田の好意を受け入れてもいいかな、と思ってたんだけど。やっぱり、駄目だ。それでは、駄目だ。
 どこかに居ないものだろうか。俺の弱い部分も全てを受け入れてくれる人間が。もしそいつがどこかに居るのならば、手術を受けて生きる気が出てくるのだけれど。そんなもの、用意されていないのだったら、生きていても仕方が――。
「っ!?」
 死ぬことを少しでも考えたのが行けなかったのだろうか。それとも、体力の限界か。突然胸が苦しくなった。激しく咳き込み、手すりにもたれる。
 誰か、助けてくれないかと思ったが、不幸なことに医者や看護士の姿はなく、患者達は見て見ぬフリだ。
 ……所詮、こんなものなのか?
 手すりにかけて辛うじて体を支えていたが、それももう限界だ。咳は思った以上に体力を消耗する。手から徐々に力が抜け、その場に、滑り落ちる…。
「大丈夫?」
 顔が廊下につく前に、俺の体は誰かに支えられた。それでもまだ苦しみは治まらなくて。俺は誰かに体を預けたまま、暫く咳き込んでいた。咳が治まってきた頃、大丈夫、ともう一度訊いてきた。
「だ、大丈夫」
 体を離し、壁にもたれる。深呼吸をし息を整えると、その誰かの顔を見た。
 良かった。
 俺の耳には、そう聴こえた。けれど、彼は何も言葉を発していなかった。ただ、静かに微笑っていた。
 そして、俺と眼が合うと、彼はそのまま目的地に向かって歩き出してしまった。その背中に、何故か淋しさを感じて。
「……ぁ」
 何かを言おうと、口を開きかける。けれど、何も言う言葉を持っていないことに気づいて、俺は口を閉ざした。無意識に伸ばしかけていた腕を、下ろす。
 その腕に、微かな温もりと確かな感触が残っていることに気づく。
『大丈夫?』
 頭の中で繰り返される、温かい言葉と、優しい笑顔。
 多分俺は、この日を一生忘れない。そして、彼ともう一度きちんと出会うために、俺は生きることを選択すると、心に決めた。
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