166.脱出(不二切)
 良い情報を仕入れた。出所は、まあ、いろいろ。
 今日明日と青学テニス部が休みだとかなんだとか。幸い明日は土曜日。立海(こっち)のテニス部も休み。だから今日から不二サンのところに行けば、泊まりも可能で。日曜は互いに部活があるから二泊は無理だけど、上手く行けば24時間以上一緒にいることができるって話だ。
 学校をサボったりしたら不二サンには怒られるけど、それでもそうまでしてきてくれたオレに帰れとは言わないから。不二サンのところに行ってしまえばこっちのもんだ。
 ただ。問題なのは、そこに行くまで。
 午後の授業をサボる。それは問題ねぇんだけど。その後の部活が問題だ。
 最近オレが不二サンのことで部活をサボるようになったってことは、既にバレてる。しかも、あの柳先輩のことだ。乾サンあたりから情報を貰って、オレがどうにか逃げられないように策を立ててるに違いねぇ。
 今日も朝から、休み時間になると一度はテニス部三年がオレの教室の前を通ってやがる。ったく。殴られるのを庇ってやったのに。恩知らずもいいところだ。それとも、これは殴るのを止められた真田副部長の指示、か?
 でも。
「甘いっスよ」
 何も抜け出せるのは休み時間だけじゃねぇ。授業中だって仮病を使えば抜けだせる。鞄?ンなもん、ポケットに携帯と財布さえあれば構わねぇ。あとは後輩にテニスバッグを届けさせれば良い。その駄賃にオレの貴重な不二サンの生写真をやるのは癪だけど。まぁ、生身の不二サンに会えるわけだから、それくらい安いもんだ。ただ、そいつが不二サンの写真をナニに使ってるのかが気になるところだが…。
 さて。
 後輩へのメール。OKの返事を貰い、携帯をポケットへしまう。あとは体調不良でも装って保健室に行けば良い。と言っても、保健室に行くわけじゃなく、オレはそのまま不二サンの元へ行くわけだけど。この作戦の為に、オレは昼飯を少なめにしたんだ。口数だって出来るだけ減らしてある。不二サンの元へ行ける嬉しさを隠して仮病を装うのは案外大変だ。だが、そいつも学校を出るまで、だ。
 そんなわけで、オレは授業が始まってからずっとうつ伏せになってる。あとは先生が声をかけてくるのを待つだけだ。
「おい、赤也。どうした?」
「すんません。ちょっと、体調が悪くて…」
「そうなのか?」
「そーいや、赤也、飯あんまし食ってなかったな」
「保健室、行って来て良いっスか?」
「………ああ。構わないが」
 よしっ。


「って。何でアンタがこにいるんすか?」
 見つからないように裏門を出たオレは、そこで待ち伏せていた人に目を白黒させた。
「まさか、本当に脱走するなんてね」
 クスクスと微笑いながら言うそのヒトは、オレの肩を掴んでフェンスに押し付けると、唇を重ねてきた。
「不二サン…何で…?」
「柳くんから乾にメールがあってね。それが僕宛のメッセージだったんだ。『赤也は5時間目が始まって暫くしたら学校を脱走する。裏門で赤也を捕まえてせめて部活だけでも出るように言ってくれ』ってさ。流石は柳くんだよね。テニスのデータだけじゃなく、全てに於いてのデータも完璧」
 ……見抜いてたというより、オレにその行動をさせる為に、休み時間に三年にオレの教室の前を歩かせてたってことか。嵌められた。
「まぁ、そんな奴が実際傍にいたら、鬱陶しくって溜まったもんじゃないだろうけどね」
「………よく言いますよ。どうせデータなんて採られないんスから、関係ないじゃないっスか」
「だから、データを採られないようにするのが面倒なんだよ」
 よく言うよ。そんなこと簡単にやってのけてるクセに。
「で、だ。どうして僕がここにいるか、理解るよね?」
「………う。ってか、そういう不二サンだって、ガッコはどうしたんすか?」
「ん?今日は午後の授業は無いんだよ。部活もナシ。全校生徒は速やかに帰りなさいってね」
「………無いのは、部活だけじゃなかったんスか」
 使えない情報屋だな。確かにオレは、部活がなかったら教えろと言ったが。そういう肝心なことは教えるだろ、フツー。
 苛立ちを隠せないオレに、不二サンは、任せっきりなのが悪いんだよ、と言って微笑った。何でもお見通しってわけですか。ある意味、柳先輩よりも怖いよ、アンタは。
「じゃあ…」
 溜息を吐くオレに、先輩は呟くと手を繋いできた。あーあ。このまま学校に戻されるんだろうな、なんて。また溜息。
「どっかでお昼ご飯食べようか」
「………へ?」
「だから、ご飯。赤也、仮病を使う為にそんなに食べてないんでしょ?」
 呆然とするオレに微笑うと、不二サンは手を引いて歩き出した。慌てて、隣に並ぶ。
「でも、不二サン、柳先輩に頼まれたんじゃ…?」
「頼まれたけど、OKはしてないよ。それに、『部活だけでも』って書いてあったしね」
「あー…。でもやっぱり部活には行かなきゃ駄目なんスね」
「偶には、赤也の頑張ってる姿を見るのも良いかなってさ。もしかしたら、惚れ直すかもよ?」
「っス。頑張るっス」
「うん。良い子」
 頷くオレに、不二サンは優しく微笑うと、またキスをした。
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