169.さよなら(不二塚)
「じゃあ。……またな」
「違うよ、手塚。さよなら、だ」
 微笑いながら、残酷な言葉を投げかけてくる。あの時とは逆だな、と思った。オレが、九州へと旅立った時と。
『じゃあ。ここで、さよならだな』
『違うよ、手塚。またね、だよ』
 さよならと言うことを、不二は嫌っていた。それは最期の言葉だから、と。いつかまた会う。だったら、"さよなら"ではなく、"またね"だよ、と。オレがさよならと言う度に、力説していた。
 そんな不二が今、さよなら、と言った。それは、もう二度と合うことはない。オレたちの関係の最期を意味していた。たった四文字の言葉。それが、辛い事実をオレに突きつけてくる。
「……さよなら、手塚」
 オレからのさよならが聞きたいのかもしれない。不二はわざともう一度繰り返した。真っ直ぐに見つめてくるその視線から逃れるように、オレは顔を伏せた。
 自分で決めたことなのに。その四文字を言う事がどうしても出来ない。どんな表情(かお)で、どんな声で言えば良い?
 もうオレは"さよなら"の言い方をとっくに忘れてしまった。"またな"と不二に言わされつづけて。別れの言葉は、もうそれしか浮かんで来ない。
「不二っ。オレは――」
「手塚。」
 顔を上げたオレに、不二は強い視線で返してきた。その眼に、言いかけた言葉が消されていく。
「後悔はしてないんでしょ?」
 後悔なんかしないで欲しい。そう言われた気がした。目を伏せ、ああ、と答える。
 後悔はしない。したくない。自分で選択したことだ。それに、後悔したからといって元に戻れるわけでもないのだから。ただ、互いの中に癒えない傷が出来るだけだ。
 そんなこと。理解っている。だが…。
「不二っ」
 その手を掴み、引き寄せる。触れるだけのキスをすると、オレはそのまま不二を強く抱き締めた。耳元に唇を寄せ、声を絞り出す。
「――――っ」
「……うん。"さよなら"」
 ゆっくりと体を離す。見つめた不二の顔は、オレの視界が滲んでいてよく理解らなかった。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送