172.椅子(不二幸)
「ふぁっ……まだ、駄目?」
「だーめ」
 退屈に勝てずに大きな欠伸をする彼に、僕は微笑った。その顔に、彼が不機嫌そうに頬を膨らす。
「ほら。微笑って。そんなんじゃ、いつまで経っても終わらないよ?」
 仕方ないから、僕は彼の前に立つと、その頬に触れた。膨れてしまったそこから空気を抜くべく、優しいキスをする。
「ね」
「………しかた、ないな」
 微笑いかける僕に、彼は空気の変わりに赤みを帯びた頬を見せ、頷いた。安心して、カメラを構える。
 白い椅子の上にいそいそと座りなおした彼からは、もう退屈そうな色はなくなっていた。その代わり、少し恥ずかしいといったようなそれがある。
「なぁ」
「んー?」
「せめて、この白だけはどうにかならないか?」
「うん。無理だね」
 極力顔を動かさないで言う彼に、僕ははっきりと頷いた。
 この部屋は白以外、何も無い。僕も彼も、白い服を着、白い椅子に座っている。僕のものは単純なそれだけど、彼のものは、以前雑誌で見たことのある椅子に模して僕が造ったものだ。もちろん、僕は素人だから、雑誌に載っていたものの用に綺麗な仕上がりにはならなかったけれど。
 僕お手製のその椅子は、座ると背から翼が生えたように見える。そう、そこに座れば、誰だって天使になれるんだ。
 と言っても、それは他の誰でも駄目で。そこに座ることを許される人は、ただひとり。
「やっぱり、君には白が似合うよ」
「……白は嫌いだ」
「それでも。君は白が良く似合う。本物の天使みたいだ」
「…………」
 誉めたのに。彼は顔を曇らせると、椅子から立ち上がった。僕の手を掴み、自分が座っていた椅子に座らせる。
「……やはりな」
「幸村?」
「天使は、不二の方だ」
 見上げる僕に満足げに微笑うと、彼は深い口づけをしてきた。
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