174.自画像(不二切)
「プレゼントっス」
 つまらないもんスけど、と付け足されて渡されたものは、本当につまらないものだった。
「要らないよ、こんなもの」
 彼の胸に押し当てるようにして、それを返す。
「えーっ、いいじゃないっスか。減るもんじゃないし。貰っといてくださいよ」
「減りはしないけど、邪魔にはなる。いいから、持って返って」
「だって、せっかく一生懸命描いたんスよ」
 同情を誘うように、彼は眼を潤ませながら言った。でも僕は彼の眼よりも、一生懸命という言葉の方が気になっていた。正しくは、一所懸命、だ。なんて。まぁどうでもいいんだけど。
「写真ならまだしも、こんな下手な絵。何描いたの?テニスをするワカメ?」
 テニスコート上にふにゃふにゃと浮いている黒いモノを指差す。彼はその絵を覗き込むと、異性人でも見るような眼をボクに向けてきた。
「冗談キツイっすね。違いますよ。これ、オレっス」
 似てるっしょ?と彼はその絵を自分の隣に並べると、笑顔で言った。その絵はお世辞にも上手いとはいえない、というか、正直下手だけれど。確かに、彼に似ていなくもなかった。だって、ワカメだし。
「あー。似てるね、似てるよ。おめでとー。そんなに上手く描いたんだから、自宅に飾りなよ。僕のところに来ても、物置の奥深くで眠りにつくこと間違いなしだからさ」
 はいはい、と彼の両手にしっかりと絵、自画像を持たせると、僕はその肩を掴んだ。僕に背を向けるように反転させ、玄関のドアを開ける。
「さぁ、帰った帰った」
「えーっ」
 僕が背中を押してるから。彼は顔だけで振り返った。捨てられた子犬みたいな眼で僕をじっと見てくる。一瞬同情しそうになったけど、僕は頭を振ると、そのイメージを追い払った。彼は犬じゃない。捨てたって、死にはしない。
「ちぇっ。せっかく不二サンの部屋にオレの顔を飾ってもらおうと思ったのに」
 どんなに言っても無駄だと分かったのだろう。彼は呟くと、自分から玄関を出た。2,3歩踏み出したところで、何かを思い出したように立ち止まる。
「何?」
「そう言えばさっき、不二サン、『写真ならまだしも』っていってましたよね」
「……そうだっけ?」
「そうっスよ。じゃ、そう言うことで。次は写真持ってきますから。そんときは受け取ってくださいよ!じゃっ」
 僕が口を挟む間も与えずに一気に言うと、彼はそそくさと門を出て行ってしまった。誰も居なくなったそこを眺め、溜息を吐く。
「まぁいいか。受け取れば良いんだし」
 写真なら嵩張らないからな。物置の奥に仕舞っておけばいいだろう。
 なんて思って数日。まさか、十冊ものアルバムを渡される羽目になろうとは…。
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