186.ボトル(不二塚)
 久しぶりに入る不二の部屋。そこは、オレが九州に行く前と殆んど変わっていなかった。
 それもそうだ。不二は無駄なモノを置くことを拒む。クローゼットの中には多少モノは増えているだろうが、見える所にモノが増えることは殆んど無い。
 ただ、一箇所、変わっている所があった。
 仙人掌が置かれている出窓だ。夕日の差し込むその窓辺には、仙人掌と一緒に二本のボトルが置かれていた。
 一つは濃い藍で中が殆んど見えない。もう一つは透明に近い緑で、中には船の模型が入っていた。
「不二。これは?」
 それを指差すと、オレはベッドに座っている不二を振り返った。ああ、それね。オレと眼を合わせ、微笑う。
「綺麗でしょ。この間…でもないけど、海に行った時に拾ったんだ。もう季節は終わっちゃったけど。向日葵をね、一輪。そこに挿してたの」
「……似合わないことをするんだな」
「手塚の居ない部屋が何か凄く殺風景に思えてさ。だから、花でも飾ろうかなって。君ほどでは無かったけど。その瓶と向日葵は、それなりに僕の部屋を彩ってくれたよ」
 顔が、赤くなっていたのだろう。不二はオレの顔を見ると、ふふ、と微笑った。咳払いをし、隣の船の入ったボトルを指差す。
「前から、一度作ってみたいと思ってたんだよね。君が九州へ行った次の日に買ってきて始めて。一昨日、完成したんだ」
 言われて、オレはもう一度模型を見た。確かに、完成しているようだった。ボトルには丁寧にもコルクで栓がしてある。
「部活があるのに。よくそんな時間が取れたな」
「手塚と一緒にいた時間。空いちゃったからさ。それを利用して作ったんだよ。そしたら、案外あっという間に完成しちゃって。ちょっと拍子抜け。でも。それだけ君と過ごしてた時間が多かったってことだよね。後は、淋しさを忘れようと相当夢中になってたか」
 不二の口から出る声は、何処までも優しいものなのに。言葉に責められているような気がして、オレは俯くと、すまない、と呟いた。謝らなくていいよ、と溜息混じりに不二が言う。
「今、手塚がここにいる。その事実だけで充分だよ。もう何処にも行かないんでしょ?」
 微笑いかける不二に、オレは、そうだな、と頷くと微笑った。不二の隣に座り、触れる指を絡める。
「そうだ。ねぇ、手塚。あの瓶、君にあげるよ」
「……いいのか?」
「うん。だってあれは君の代わりみたいなものだったから。今の僕にはもう必要ないし。青も緑も、君の好きな色でしょ?」
「そうだが…藍いボトルはともかく、緑は随分と薄いな」
「しょうがないよ。濃い緑だったら、中の船が見えないでしょ」
「それもそうだな」
「そうだよ」
 変なの、と呟いて不二が微笑う。手を伸ばしその頬に触れると、オレは真っ直ぐにその蒼を見つめた。
「……手塚?」
「青も緑も好きだが。あのボトルは貰わないでおく」
「何で?」
「オレが今欲しいのは、あのボトルよりも綺麗な蒼色だからな」
 不二の体を引き寄せ、その瞼に唇を落とす。額を重ねて見つめると、不二はその蒼い眼を細めて微笑った。
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