196.待ちぼうけ(不二切)
 本当の予定時間の二時間前の約束。その更に30分前。愛用のカメラと財布、それと二冊の文庫本の入った鞄を肩にかけ、僕は家を出る。
 この間は、ついに一冊の本を読み終えてしまった。彼を、待つまでの間に。
 折角散歩に誘ってあげてるのに、彼は平気で遅刻してくる。最初は五分程度の遅刻だったのに。今では平気で一時間は遅れてくる。この前は、二時間十三分。最高記録だ。
 だから僕は、本当に出掛けたい二時間前を約束の時間にすることにしている。
 とは言え、二時間後に待ち合わせの駅に向かうわけではなく。彼が来るまでの二時間、駅のベンチで読書をする。きっちり二時間遅れてくるというわけでもないし。
 待つことは嫌いじゃない。独りで過ごす時間は好きだし。ただ、そうなると、彼を誘う意味が本当にあるのかどうかが理解らなくってくる。天気の良い日に二時間も読書をしていると、彼を待たずに独りで散歩をしたくなる。
 でも、そう思い切った時に限って、彼が約束の場所に訪れたりする。
 タイミングが良いんだか、悪いんだか。
 今日はどれくらい遅れてくるだろう?そう思いながら歩いていると、駅が見えてきた。いつものベンチに目をやると、そこに見慣れた人影。幻かと思って眼を擦るけど、それは幻でも見間違いでもなかった。
 足早に、彼の元へ向かう。
「赤也」
「不二サン。一分の遅刻っスよ」
 少しむくれたように言う彼に、僕は、ごめん、と呟くとその隣に座った。
「なーんて。冗談っスよ。いま、ちょうど時間になった所です。凄いっスね、不二サン、時間ピッタリだ」
「……赤也の方が、凄いよ。どうしたの?今日は遅刻せずに着たじゃない。どれくらい待った?」
 感心したように言う彼の頭を撫でると、僕は訊いた。そうっスね、と呟いてケータイで時間を確かめる。
「二時間…と、八分っスね」
「うっそ。そんなに?僕、もしかして時間間違えて教えた?」
「違いますよ」
 驚く僕に、彼は首を振ると立ち上がった。直角に、頭を下げる。
「赤也?」
「今まで、スミマセンでしたっ」
「何?どうしたの?」
「不二サンがいつまでも待っててくれてると思って、オレ、ずっと甘えてました。いつも、こんなに淋しい思いしてたんスね」
 顔を上げると、彼は本当にすまなそうな顔をしていた。その様に、しゅんと耳を垂れ下げている犬が重なり、思わず微笑った。彼の頭を撫で、元の位置に座らせる。
「最初は、今日どんなことをしようとか色々考えてどきどきしてたんスけど。三十分を過ぎた辺りから、どんどん悪いことばかり考えるようになって。淋しくなってきて」
「そっか。僕の気持ちになってくれたんだね。ありがとう」
 どんどんうな垂れて行く彼の頭を抱き寄せると、僕は微笑った。小さな子供をあやすように、ポンポンとその肩を叩く。
「でも僕は、君を待っている間はそんなに淋しくはないんだ。本も、読めるしね。まぁ、赤也が時間通りに来てくれるのに越したことはないけど」
「……スミマセン。次からは、ちゃんと時間通りに来ますから」
「うん。じゃあ、顔上げて?折角時間通りに会えたんだから、この時間をもっと有意義に使わなきゃ」
 手を離し、立ち上がる。見つめる彼に僕は微笑うと、手を差し伸べた。
「そう、っスね」
 照れ笑いに似た笑みを浮かべると、彼は僕の手をしっかりと握った。
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