199.伝説の時代(アクタカ)
「亜久津はもう空手はやらないのかい?」
 受験勉強の休憩時間。ふと、思い出したように河村は言った。亜久津が、細く煙を吐き出す。
「やらねぇな」
「何で?あんなに強かったのに。テニスでは燃え尽きたみたいだけど、空手はまだだろ?」
「るせぇよ。やらねぇもんはやらねぇってんだよ」
 しつこく訊いてくる河村に、亜久津はふぅと煙を吐き出した。顔にすこし煙ったほどなのにも関わらず、河村は大袈裟なくらいに咳き込む。それを見た亜久津は少し焦ったが、それを悟られないように自然さを心掛けて煙草を揉み消した。その亜久津の行動に気付いた河村が、咳き込んで少し赤くなった顔のまま微笑う。
「なにニヤついてやがる」
「何でもないよ」
 言いながらも、それでも微笑う河村に、亜久津は拳を作るとその頭を小突いた。痛いよ、と河村が余計に微笑う。
「そう言うてめぇこそ、空手はやらねぇのか?部活のテニスは無理でも、道場に通うくらいなら毎日じゃねぇから出来るだろうがよ」
「亜久津が居ないのにやったってしょうがないだろ」
「………あ?」
「あ。………いや、だから、そのっ」
 思わず零れてしまった言葉に、河村は更に顔を赤くすると慌てた。亜久津に向けて両手を伸ばし、顔をそらして、えーと、と繰り返す。その様に、亜久津は思わず吹き出した。しょうがねぇな、と心の中で呟き、自分の正面にある河村の手を取る。
「空手はよ、別に熱いモン探すためにやってたわけじゃねぇからよ。始めはそうだったかもしんねぇが」
「亜久津?」
「てめぇと会うためにやってたってんだよ。だから、てめぇのいない空手なんて、やるだけ時間の無駄だ。その分、てめぇの握った寿司でも試食してやるぜ」
 河村ほどではないにしろ、言いながら亜久津の顔も赤くなっていた。
「……お腹、壊しても知らないよ?」
「そんときゃ、てめぇがちゃんと看病しろよ」
 暫くの沈黙の後、苦笑して言う河村に、亜久津は照れ笑いを浮かべながら言うと、約束だというように繋いだ手を一度だけ強く握りしめた。
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