201.窓(不二真)
 つまらない。
 欠伸を噛み殺すと、緩んできた手をしっかりと握り直した。体育座りをしたまま、横に倒れる。格子窓からは季節の過ぎた紫陽花が見えた。
 横目で、彼を見る。胴着に着替えて正座をしている彼は、相変わらず目を瞑ったままだ。
 つまらない。
 心の中で呟いて、溜息をつく。
 独りでいることがつまらないわけじゃない。彼といるのに独りになっていることがつまらないんだ。
 なんて、姉さんに相談したら、女性的な考え方ね、と言われた。
 別に、彼の部屋や僕の部屋でそれぞれ別のことをしているのなら、つまらなくはない。でも、ここはつまらないんだ。
 深とした道場。出入り口の障子はしっかりと閉められていて、他も障子の嵌め殺し。空気の出入りがあるのは下方の格子窓だけ。
 その窓から見える景色は、殆んど動かない。相当強い風でもない限り、見える草木は揺れない。せめて空でも見えれば、もう少し楽しいのだろうけど。
「……不二」
 心の中で何度目かの溜息をつくころ、彼は僕の名前を呼んだ。体を丸めて寝転んでいるその姿勢のまま、彼を振り返る。
「もういいのかい?」
「今終わった。着替えてくる。先に部屋で待っていてくれ」
 一度も僕に触れること無く、そう言うと彼は立ち上がると道場を出て行ってしまった。
「はぁ」
 やっと溜息を外に吐き出すと、僕はのろのろと体を起こした。立ち上がり、埃なんてついているはずなんてないのに、服の埃を掃う仕草をしてしまう。
「まぁ、仕方ないかな」
 今彼は、きっと焦りながら胴着脱いでいることだろうし。少しでも多く彼の傍にいようと、瞑想する時間から彼の家に来た僕もいけないんだし。
 それにしても。彼の精神力には恐れ入るな。僕が目の前にいるのに、心を無にすることが出来るなんて。僕だったら、彼を前にして心を無にするなんてまず無理だ。というか、イカガワシイことばかりを考えてしまうだろう。
 胴着姿の彼を、一度は犯してみたいものだ。
 無防備に僕の前で瞑想に耽る彼を見るたびそう思う。でも、僕はいまだそれを実行していない。
「不二?まだいたのか。置いて行くぞ」
 音もなく障子が開いたかと思うと、普段着に着替えた彼が覗き込んできた。
「うん。今行く」
 頷いて、先を行く彼の後に続く。案外、精神力は僕のほうが上なのかもしれないな。なんて思いながら。
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