211.イヤイヤ(不二幸)
「どうして、俺だけ」
 激しく咳き込んだ後、仰向けになると、静かな天井に向かって呟いた。その言葉が、真っ直ぐ自分に跳ね返ってくる。
「どうして」
 何故だか急に悲しくなってきて、俺は額に置いていた手をずらすと、眼を隠した。それとほぼ同時に、静かに病室の扉が開く。
「幸村」
 微かに滲んだ視界。そこに居たのは、不二だった。
「泣いてた?」
 立てかけてあるパイプ椅子を取ろうとせず、不二はベッドに座ると、顔の上に置いてあった俺の手を取った。指先で、俺の涙を掬う。
「ごめんね。本当はちゃんと毎日来たいんだけど」
 困ったような笑みを浮かべて言う不二に、俺は首を横に振った。俺の涙で濡れてしまった手に、指を絡める。
「不二が忙しいのは理解っているから。それに。ちゃんと、傍に居て欲しい時には、こうして来てくれているし」
 繋がっていない手を、不二に向かって伸ばす。それに気づいた不二は、俺に顔を近づけてきた。その頬に触れ、キスをする。
「でも、出来ることなら、病院外で会いたい。……こんな体、捨ててしまえればいい」
 こんなどうしようもない体。今の俺たちには枷にしかならない。
「……しあわせな、からだ」
 溜息を吐く俺の手を強く握ると、不二は思いついたようにポツリと呟いた。
「しあわせ?」
「そう。しあわせなからだ。幸村の体」
 感触を確かめるかのように俺の手を握ったり放したりしながら、不二は言った。その言葉に顔を曇らせる俺とは逆に、楽しそうに微笑う。
「こんな体の何処が…」
「だって、君がここに入院していなければ、僕たちはこうして話しをすることも無かったんだよ?」
「それは…そう、かもしれない、けど」
「それに。僕の愛を一身に受けてるんだ。それってかなり倖せじゃない?」
 クスクスと微笑いながら言うと、不二は俺に触れるだけのキスをした。それは一度だけではなく、何度も繰り返され。次第に深いものへと変わって行った。
「ね。この体が無ければ、君は僕の愛を受けることは出来ないんだ」
 唇を離し言う不二は、こちらが恥ずかしくなるほどに自信に満ちていた。本当に、俺のほうが顔が赤くなってしまう。
「……だけど、不二の愛を受けることが幸せだとは限らない」
「幸村にとっても?」
「俺は――」
 それは、幸せだけれど。
「だったら、その体で元気にならないとね」
 言葉にしなくても、不二には理解ったのだろう。見つめる俺に、不二はそう言って微笑うと、またキスをした。
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