214.冷(不二幸)
「……だったら、死んでみる?」
「―――え?」
 冷たい声。それと同時に降りてくる冷たい手。それは俺の首に纏わりつき、ゆっくりと締め上げていく。見上げると、いつもよりも深い蒼と目が合った。
 ワケが、理解らなかった。
 いつものように会話をして、いつものように俺が少し弱気な台詞を吐いて。
 それは本当にいつもと変わらない光景。なのに、何故?
「ふっ、じ…?」
「もう何度も言ってるから知ってると思うけど。君の倖せが僕の倖せなんだ。だから、君の望みは、僕の望み」
 だから君が死を望むのなら、僕が殺してあげるのは当然なんだ。
 顔を寄せ囁くと、不二はそのまま俺に口づけた。いつもとは違う、冷たいキス。
 冷たすぎる不二の体温に、これは夢ではないかと一瞬疑った。だが、顔に触れた不二の髪から香るものは、間違いなく不二のそれ。夢ではない。夢は、匂いなど感じない。
「うっ、ぁ…」
 首への圧迫で上手く飲み込めない唾液が、口の端から零れる。不二はそれを舌で掬うと、満足げに微笑った。
 背筋が、凍る。
 俺は、本当に死ぬのか?
 病室で、一人考えていた時とは訳が違う。心の苦しみは何よりも耐えがたいものだと思っていたけれど。体の苦しみは同時に心までも締め付ける。
 眼前に迫っている、確実な死。
「っやだ。……せ。はなっ…」
 痺れた頭で何とか言葉を紡ぐと、首を絞めている不二の手を叩いた。強く、何度も。
「死にたいんでしょう?」
「……れはっ」
 俺は、生きたい。生きていたい。だからこそ、死ぬことを毎夜のように考え、怯えていた。
 だが、本気で死にたいと思っていた時期もあった。それを変えたのは――。
 もし目の前に居るのが本当に死神なのなら。それは俺にとって、余りにも美しく残酷すぎた。この死神に出会ったことで、俺は生きたいと思うようになっていただなんて。
 だが、もう遅い。
「ふっ、じ…」
 その頬に触れようと、手を伸ばす。だが、それは届かなかった。
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