218.痛くて(不二リョ)
「っ」
 地区大会の帰りのバス。隣に先輩が座ったのを確認すると、俺は小さく声を上げ、目を抑えた。
「越前君?」
「……何でも、ないっス」
 我慢している。そう言う風を装って、先輩から顔を背けようとする。
「痛むんじゃない?」
 けど、先輩はそれをするよりも先に目を抑えている手を掴むと、顔を覗き込んで来た。立って会話をしている時には叶わない、近すぎる距離に、胸が高鳴る。
「もう試合は終わったんだから。強がらなくてもいいんだよ?」
「……ちょっと、痛いっス」
 優しい言葉に導かれるようにして、弱音が漏れる。ちょっとだなんて、素直じゃないな。先輩は微笑うけど。それでも、大して痛みを感じていない俺にとっては大袈裟すぎるほどの表現だった。
 嘘をついていることに、少しだけ、罪悪感。でも、それ以上に。先輩に優しくしてもらえることが嬉しい。
 このまま、怪我のせいにして。少しくらい甘えても許されるかな?なんて。
 思ったのに。
「おう、越前。目ぇ、大丈夫か?」
 殴りたくなるようなタイミングで、桃先輩が割り込んでくる。しかも、逆隣に座ったかと思ったら、折角不二先輩に寄りかかろうと傾けていた肩を掴まれ引き寄せられてしまった。
「ったく。無茶しやがるんだからよ。あんなすぐに勝てんだったら、もったいぶってんじゃねーって。あー。俺も暴れてーなー。暴れてーよ」
 勝手に暴れてれば?
 ごちゃごちゃと独り言何だかなんなんだか分からない桃先輩に、俺は深い溜息を吐いた。隣を見ると、不二先輩がいない。
「三人で座るのには、ちょっときついかな?僕はこっちに座るから」
「あ、ちょっと…」
「不二先輩、悪いっすね」
 いつの間にか俺のすぐ前に立っていた不二先輩は、何か誤解をしたような笑みを俺たちに向けると、俺が止めるのも聞かずに他の席へと移ってしまった。
「不二先輩って、ホント、勘がいいよな」
 桃先輩が嬉しそうに呟く。
「……まだまだだね」
「あん?」
「何でもないっス」
 上機嫌な桃先輩に俺は有りっ丈の不機嫌を飛ばすと、深い溜息を吐いた。
 ったく。何処が勘が良いんだか。こんな有り得ない勘違いしてるし。
 もう一度、溜息を吐く。走り出したバスの振動に、傷が痛んだけど。俺はもう二度と痛みを訴えはしなかった。
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