222.未完成(不二幸)
 残された手紙は、途中で終わっていた。
 それをポケットに突っ込んで、屋上の柵を乗り越える。
 数十センチしかない足場。そこに立つと、背を押すように風が吹いた。
 飛んだときは、気持ち良かったのかもしれないな。
 なんて。不謹慎なことを思う。
 幸村が、死んだ。それも、自殺。手術が失敗に終わり、徐々に病に蝕まれて行く自分に、耐えられなくなったらしい。
 僕が、いるのに。
 いや。僕が、いるからかもしれない。
 毎日病室に来るようになった僕を、彼は喜びと辛さを混ぜたような笑顔で迎えていたから。
 また、背中を押すように風が吹く。
 ――もし、俺が死んだら。決して手を離さず、そして見つめ合わないで、冥界から連れ戻してくれる?
 ギリシア神話を読んだとき、幸村が僕に出した問い。僕は、彼が死ぬということを考えるのが嫌だったから。曖昧に微笑って返したけれど。
「僕は、迎えには行かないよ。未完成なこの想いを胸に抱いて、生きて行くから」
 ポケットに突っ込んだ手紙を取り出すと、僕はそれを細かく破いた。掌に乗せ、風に飛ばす。
「だから、僕がそっちへ言ったときは、君が僕を迎えてね」
 宙を仰ぎ笑顔を見せると、僕は柵を乗り越えて屋上を後にした。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送