別に冷めてるわけじゃない。試合になれば、それなりに熱くだってなる。そうじゃなくて。潤いが足りないんだ。 どんなに強い相手と、例えば手塚とコートで向かい合ったとしても、それは同じ。 初めてラケットを手にした時の感情が、いつの間にか蒸発してしまったんだ。きっと、今の僕のココロはカサカサに乾いて、ひび割れている。 いや、ひび割れていたんだ。あの日まで――。「……なに、微笑ってんスか」 「ちょっと、思い出してさ」 「?」 「君との試合」 僕のひび割れた心に雨を降らせた、僕を変えた、試合。 あの日と同じように、僕は今、越前を前にラケットを握りしめている。 明日から全国大会が始まるというのに。僕の心は、目の前にいる越前との練習試合のほうが遥かに楽しみだなんて。部員としては、失格かもしれないけど。 「……じゃあ、カウント、続きからにしますか?」 「いや、続きじゃなくていいよ」 「別にアンタが勝ってるところから始めてもいいっスよ。どーせ俺が勝つんだし」 自信に満ちた表情で言うと、彼は帽子を深く被りなおした。「そういう意味じゃないよ。続きからより初めからの方が、長く君との試合を楽しめるからさ」 「んなこといって、負けても知らないっスよ」 彼の口元が、僅かに吊り上る。僕の口元も。 同じ気持ちだったらいいな、と思う。彼によって、僕のココロが潤ったように。僕によって、彼のココロも潤ってくれれば、と。 その為には…。 「安心して。君は、僕には勝てないから」 僕は強くなくてはいけない。絶対に。彼の為だけじゃない。僕自身が、彼を離さない為にも。
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