239.ブーン(不二切)
「っ。何やってんスか、不二サン」
「何って。写真撮影に決まってるじゃない」
 花に近づいた僕に、彼は怯えたような声で言った。振り返らずに答えると、彼は僕のシャツをギュッと掴んだ。
「……ちょっと」
「は、はいっ」
「手。放してくれない?」
「だって。ちょっ…」
 彼の声に、被写体が動いた。羽音を立て、僕の横を通り過ぎる。
「ひっ…」
「わっ」
 彼に引っ張られ、僕の身体が反転する。その勢いで、思わずカメラを落としそうになる。
「危ないなぁ」
「すっ、スミマセン」
 カメラを持ち直しポケットにしまう僕に、彼は辺りを見回すと、僕の前に周り頭を下げた。しょうがないな。溜息を吐くと、僕は彼の頭を軽く叩いた。その手をとり、彼が顔を上げる。
「それにしても。何でそんなに怯えてたの?」
「いや…その…」
 何か恥ずかしいのだろうか。彼は僕の手で握ったり放したりを繰り返していた。
 暫く放って置いたけど、いつまでも繰り返すから。
「赤也」
 少し口調を強めて言うと、僕は彼の手をギュッと掴んだ。諦めたように、彼が溜息を吐く。
「あの、オレ。虫、駄目なんスよ」
「………は?」
「蜂、とか。蜘蛛とか。毛虫も。駄目、なんス。怖くて…」
 そんなことか。そういえば、彼といるときに昆虫を撮ったのは初めてだったな。
 それにしても。犬も駄目で、虫も駄目なんて。初めに見た時の彼の印象とは大分違うな。強気な口調は、あくまで強がりだったってことか。
 何度か会うようになって分かったけど。案外女々しいらしい。
「情けないっスよね。男なのに、無視が駄目だなんて」
 何のコメントも返さずにただ彼を見つめていたから。彼は僕が呆れてると思ったのか、随分と項垂れていた。いや、実際呆れてたんだけれど。まぁ今更、そんなことはマイナスにはならない。元々、プラスがないわけだし。
「いいんじゃないの、別に。性別に関係なく、苦手なものは苦手だしね。ま、なかなか愉快だったよ、君の怯え様」
 さっきの彼を思い出し、クスリと微笑う。すると、彼は何かを勘違いしたらしく、笑顔を僕に見せた。
「不二サンがそういうなら、オレ、情けないままでいいっス」
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