243.コンセント(不二リョ)
 何故、逃げない?
「っ。あ…」
 毎晩繰り返される、感情のない行為。記憶の中の先輩は温かいのに、目の前にいる先輩は恐ろしいほど冷たい。俺を見る眼も、吐息も、俺の中で蠢くものも。
 乱暴にされているわけじゃないけど。そこに、感情が見出せない。それだから冷たく感じているのかもしれないけど。とても人間の体温とは思えない、冷たさ。
 もしかしたら、先輩は本当は死んでいて、これは俺が勝手に見ている夢なんじゃないかって思う時がある。本当の俺は、どこかでずっと眠りつづけている。
 でも、そうじゃない。これは現実だ。
「おはよう」
 朝になれば、優しい笑顔の先輩に起こされる。毎日同じ時間に、同じ声と同じ笑顔で。
 もう何日こんな生活を繰り返しているのかは知らない。いつからこんな生活が始まったのかすら分からない。それくらい同じ毎日を過ごしている。
 何故、逃げない?
 そうしてまた、疑問が繰り返される。
 逃げないのは、鎖に繋がれているから。左足から伸びている鎖は、部屋の隅で繋がれている。細い鎖。全力で引っ張れば、千切れるかもしれない。
 ただ、それをしてはいけないと、頭の奥で警鐘がなる。何故逃げないのかなんて疑問を吹っかけるくせに。厄介な思考回路だ。
 そういえば。俺は普段先輩が何をしているのかをしらない。朝起こされて、飯を渡される。後は昼にもう一度現れて飯を渡して。夜に感情のない行為を行う。それ以外、先輩が何処で何をしているのか、俺は知らない。たまに丸一日一緒に過ごす時はあるけど。そのときはずっと二人で部屋で過ごす。先輩は、夜以外は、酷く優しいんだ。
 閉じ込められている白い部屋には窓が一つだけある。そこから見下ろせる景色は、殆んど変化が見られない。道を行く人々の服装の違いで季節を感じるだけだ。この部屋は、常に暖かいと感じるくらいの温度を保っているから。
「先輩…」
 ぼんやり窓の外を見つめていると、道を歩いている先輩を見つけた。初めて見る、部屋以外での先輩。初めて?いや、違う。こんな生活を始める前はもっと見ていたはずだ。
 気づかないかな。そう思って、窓の外を眺める。こんな風に思ってしまうのは、冷たい行為をされていたとしても、結局先輩が好きだからなのだろう。だからこそ、夜の行為を余計に冷たく感じるのかもしれない。
 窓に張り付き、じっとその姿を見下ろす。けれど、先輩は俺に気づいてはくれなかった。誰かを待っているのか、しきりに時計を気にしている。
「……アレは、誰だ?」
 道の向こうから小走りでやって来た人物。それに気づくと、先輩は手を振った。相手も小さく手を振る。二人は向かい合うと、人目も気にせず、その場でキスを交わした。ズキ、と頭の奥が痛む。
 アレは…大和、部長だ。部長、と言っても、俺にとっての部長じゃない。先輩にとっての部長だ。紹介されて、一度だけ会ったことがある。
 でもだからって。何?
 俺を拘束して。独り占めして。毎晩行為だけ繰り返して。自分は他の奴と会ってるの?
 苛立ちのせいか、頭がズキズキと痛んだ。鎖の伸びている左足も、痛む。
 逃げ出してやろうか。ふと、思った。鎖を握り締め、軽く引く。
 いや、止めておこう。どうせ逃げ出すなら、これがどういうことか聞いてからにしよう。俺の見間違いかもしれないし。そうであって欲しいし。というか、鎖がなくても、結局、今の俺には他に居場所なんてないんだ。
「ただいま」
 優しい声。優しい笑顔。先輩は部屋に入ってくるなり、俺にキスをした。俺の頭を優しく撫で、ベッドに押し倒す。もう慣れてしまった行為。いつもなら拒まないのだけど。俺は圧し掛かってくる先輩の胸を押してそれを拒んだ。
「……どうしたの?」
 不満そうな顔をするかとも思ったけど。先輩はスイッチが切り替わったかのように冷たい顔で訊いてきた。頭が、痛い。
「今日、大和部長と会ってましたよね?」
「え?」
「俺、見たんス。不二先輩と、大和部長が、キスしてるとこ。……先輩は、俺を好きで拘束してると思ってた。だから俺はそれを受け入れてたのに。違うんスか?ただの遊び?だとしたら、俺は、ここから逃げますよ」
 頼むから。あれは何かの間違いだと言って。俺が好きだって。俯いて、ギュっと先輩のシャツを掴むと、俺はただそれだけを願った。けど。先輩の口から出たのは、相変わらず感情のない声だった。
「……逃げられるとでも思ってるの?」
 シャツを掴む俺の手を引き剥がし、再び押し倒してくる。見つめる先輩に、俺は目一杯の強がりを見せた。
「俺が逃げられないとでも思ってたんスか?こんな鎖、俺にだって外せますよ」
 鎖を握り、先輩を睨みつける。そのことに、先輩は少し焦ったようだった。
 しめた、と思った。もし俺がこの鎖を外してしまうことが出来れば。焦って先輩はもっと俺を拘束してくれるかもしれない。もう二度と逃げ出さないようにと、24時間ずっと俺の傍にいてくれるかもしれない。
 何故、逃げない?
 そうじゃない。逃げたくないんだ。鎖を外すなと言うのは警鐘じゃない。鎖を外したくないという俺の願望。きっとそうだ。だから、今ならきっと、鎖を外せる。その先には、もっと強い束縛が待ってるんだから。
 でも。それなのに、警鐘がなるのは何で…?
「駄目だ、リョーマ!それを外しちゃ――」

「あーあ。また、駄目だったか」
 鎖――コンセントを引き抜いた状態で固まってしまったモノを見て、不二は溜息を吐いた。動かなくなってしまったモノのカタチを整え、ベッドへと横たえてやる。
「機械に機械は創り出せないってことなのかな」
 溜息を吐くと、不二は首筋のカバーを開け、体温を調節した。体温が、人肌といわれるそれに戻る。
 越前は冷たい自分の身体を嫌がっていたけれど、それは仕方のないことだった。
 不二が創り上げた越前の身体には、何が原因かは理解らないが、体温を調節する機能が働かなかった。そのため、毎晩不二は自分の身体を使って上がりすぎた越前の体温を下げてやるしか無かった。一番良い方法は越前に事情を話して冷却装置の中に入ってもらうことなのだが、不二は越前に自分が機械であるという事を知って欲しくはなかったため、それをしなかった。
「折角大和クンに、越前の暴走を今回は回避できそうだって言ったばかりなのに。またプログラムを書き換えなきゃ」
 明日は丸一日リョーマにかかりっきりだな。不二は呟くと、止まってしまった越前に毛布をかけてやった。
 そうして部屋を出ると、いつもより少し早めに、充電機に腰を降ろして眠りについた。


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