「真田。……何が、あったの?」 「不二……。すまない。俺は、俺はっ…」 半分放心状態で寝転んでいた彼は、僕を見るなり、涙を流さずに泣いた。 可笑しいと思ったんだ。関東大会決勝のあと、一週間も連絡がとれないなんて。全国へ向けての練習はわかるけど、律儀な彼がメールの返事を一度もよこさないのは可笑しい。 柳くんや僕が連絡の取れる他の立海レギュラーに聞けば真田は普通に学校に来ていると言っていたんだけど。 それは、彼らの嘘だったんだ。 関東大会が終わったあと、手術の成功したという幸村くんに会うために、立海テニス部のメンバーは病院に行ったらしい。そこで真田が幸村くんに負けてしまったことを告げた。約束を破ったことを咎められるかと思っていたが、幸村くんはただ微笑っていただけだったという。だけどその後、柳くんを呼び、何かを耳打ちしていたらしい。 その内容が、敗者への私刑だったなんて。 接戦だった柳くんは免れた。切原くんも、柳くんが殴られるのを助けたということで、免れた。結局、私刑を受けたのは真田だけだった。 「可笑しいとは思わなかったの?抵抗は?君なら、何とか逃げられたはずだよ」 「まさかあのようなことをされるとは思ってもいなかった。殴られることなら、甘んじて受けようと思っていたのだ。今まで、俺が敗者にはそうしてきたのだし。それに、約束を言い出したのは俺の方だ。責任はとるべきなのだと。だが、まさか…」 そこまで言うと、あの時の光景が蘇ったのか、彼は自分の肩を抱き締めて身体を丸めた。コート上での堂々とした姿からは想像もつかないそれに。彼の恐怖が伝わってきて、僕の胸も痛んだ。 刺激しないよう、彼に僕の手の動きを見せながら、その肩を抱き寄せる。それでも、触れた瞬間は、彼の肩が震えて。僕の胸は、また、痛んだ。 責任感がありすぎるのも、困ったものだ。うちの部長もその所為で肩を壊した。でも、それと彼の今回の件とは種類が違う。 彼が受けた私刑は、暴力でも、性的なものだった。その傷を抱えたまま、ずっと学校を休んでいた。そうなったのも自分の責任だからと、誰にも僕にすらも話さずに。 「すまない、不二」 「ううん。君はよく頑張ったよ。苦しかったでしょう」 震える声で言う彼に、僕は首を振ると、その肩を強く抱き寄せた。けど。そうではない、と彼は呟くと、僕から体を離した。 「真田?」 「俺は、もう不二と一緒に居る事は許されない」 「なに言って――」 「感じて、しまっていたのだ。あいつらに犯されながらも。何の感情もない行為だと分かっていながらも。俺はっ…」 気がつくと、僕は彼を強く抱き締めていた。突然のことに、彼は恐怖で凍り付いていた。その事実がまた僕の胸をズキズキと痛めつけたけど。それでも構わず、僕は彼を抱き締めていた。 「仕方ないよ。そう言う風に出来てるんだ、人間は」 「不二?」 「だから、君が責任を感じることはない。もし、感じてしまったことを僕に対する裏切りだとかそんな風に思ってるなら。責任を感じてしまっているなら…」 お願いだから、僕から離れないで。 耳元で、囁く。彼の体の強張りが若干解けたのを感じると、僕は体を放した。彼の目を、真っ直ぐに見つめる。 「君を助けられなかった、苦しみを一週間放って置いた、僕にも責任はある。君のトラウマは、僕が取り除くから。だから、そんなことで僕から離れないで」 僕を見る彼の目が、一瞬見開く。その後で、少し潤ませると、ああ、と頷いた。 後は、僕が責任を持って、あいつらを――。
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