249.そばにいて(不二佐)
 知ってる。いつも、俺に気づかれないよう、静かにベッドから抜け出すこと。どこか遠い眼で、窓の外、夜の海を眺めていること。そして、俺がその不二の行動に気づいてることに不二が気づきながらも気づかないフリをしてることも。
「手塚…」
 溜息混じりに、ポツリと漏らす名前。耳を塞いでしまいたかったが、俺は不二が気づいてることに気づかないフリをするために、それが出来ない。
 ただ、静かに空白に手を伸ばし、ついさっきまでそこにあった温もりを握り締めるだけだ。
「明後日…といっても、もう日付変わっちゃったから、明日か。手塚が帰ってくるんだ。だからもう、僕がここに来る理由はなくなっちゃったみたい」
 近すぎる声に驚いて、思わず眼を開ける。と、不二がなんとも形容のし難い笑みで、俺を見つめていた。不二の温もりを追って握り締めていた手を解き、自分の指を絡ませてくる。
「これで、佐伯との関係も終わりだね」
 不二は俺が起きているのを知っていたし、俺も不二がそれに気付いているのを知っていたから。当たり前のように不二は言葉を続けた。ベッドに、潜り込んで来る。
「それは分からないさ」
「何で?」
「不二は良く、手塚くんと喧嘩をするからな」
 不二の体に自分の体をピッタリとくっつけると、俺はその首筋に息を吹きかけるようにして微笑った。弱く、噛み付く。
「そうだね。そうしたら、また佐伯の所に来るかもしれないね」
 俺の顎を掴み自分の方を向けさせると、不二は深く唇を重ねてきた。繋いでいた手を離し、俺の上に圧し掛かる。
「でも。暫くは来ないつもりだよ。というか、出来れば、そう言う理由では来たくないかな。もう二度と、手塚とは離れ離れになりたくないんだ」
 だから、今日で最後。とりあえずは、ね。クスクスと微笑いながら言うと、不二は自分のつけた痕をなぞるように指先を動かし始めた。まだ体で燻っていた熱だから、それは簡単に再燃したけど。俺は、その手を掴むと、体から離させた。
「佐伯?」
 不思議そうに覗きこんでくる不二の両頬を挟み、深く、口付ける。
「ずっと、傍に居て欲しい、と。もし、俺が言ったら――」
「ごめんね。もう、手塚からその言葉は貰ってるんだ。だから、佐伯からは受け取れない」
 余り、悪びれた様子もなく、不二は言った。その言い方が不二らしいなと思い、俺は思わず微笑った。不二も微笑う。
「だったらせめて、今日くらいは手塚のことを忘れて。体だけじゃなく、心も。俺の傍にいてくれないか?」
 突然真剣になって言った俺に、不二の笑顔が一瞬止まった。けど。
「いいよ。今までのお礼もかねて。今日だけ、佐伯の傍に居てあげる」
 もう一度、今度はいつも手塚くんに見せているような笑顔で俺に言うと、不二は背筋が凍りそうなくらい熱いキスをした。
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