266.引っ越しの日(不二佐)
「分かってても、なんか、辛いな」
「そう?」
「何だよ。随分と軽いんだな」
「そう?…そうかもね」
 クスクスと笑うと、不二は俺の手を掴んだ。家族の待つ車からは見えない所へと、俺を連れて行く。
「不二?」
 足を止めた不二に呼びかける。振り返ると、不二は、ニッ、と悪戯っぽく微笑った。笑顔のまま、距離が狭まって行く。
「っ。え?」
「ふふ」
 唇を離すと、頭にはてなを浮かべている俺に、不二はまた微笑った。今度はピンと立てた人差し指を、俺の唇に押し当ててくる。
「忘れないで。でも、どうしても忘れそうになったら言って。会いに行くから。これで終わりじゃないんだ。その気になれば、いつでも会える。だから、淋しくないよ」
 まだ、軽い混乱の中にいる俺に構わず言うと、不二は掴んでいた手を離し、かわりに指を絡めて強く握った。ね、と呟いて微笑う。
「そう、だな。これで終わりじゃないんだよな」
「うん。これから、だよ」
 手を握り返した俺に、不二は満足そうに微笑うと、家族の待つ車へと向かって歩き出そうとした。一歩も行かないうちに、引きとめる。
「佐伯?」
「あれだけじゃ、忘れそうだ」
「ちゃんと、憶えといてよ」
 見つめる俺に、不二は頷くと、もう一度唇を重ねた。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送