267.アンテナ(不二切)
 赤也が気持ち悪いから、不二にどうにかするように言ってくれ。
 そんなことを、柳くんから電話で言われたと乾に言われた。
 話によると、どうやら、切原くんはあの試合以来、僕を好きになってしまったらしい。迷惑この上ない話だけれど、さらに迷惑なのはこの先。
 余りにも僕を思っているので、どうやら、彼は僕が何をしているのかを感知で来てしまうようになったのだとか何だとか。
 それってただの妄想なんじゃないの?と思ったけど。僕が僕に好意を抱いている誰かと二人きりで話している時刻と、彼に奇妙な現象が起こる時刻とが結構一致しているらしい。僕は出来るだけ偶然で片付けたいのだけれど。どうも、周囲はそう思ってくれないようだ。
 そんなわけで。僕は今、立海に来ている。遠くのコートで一所懸命にボールを打っているのは、切原くん。そして、僕の隣には助けを求めてきた柳くん。乾も来たいと言ったのだけれど、柳くんにそれを止められて。だから、僕は今、柳くんと二人きりだ。
「切原の赤目は、あれ以来、試合の時には現れていない」
「……試合のときには?」
「そうだ」
 訝しげに見つめる僕に、柳くんは頷くとコートにいる切原くんの方へと顎でしゃくった。
 確かに、ハードな練習にも関わらず、彼は赤目になっていないようだった。
 ただ、僕が引っ掛かったのは、試合のときには、という柳くんの言葉。試合のときには、赤目にならない。だったら、どんなときに赤目になるというのだろうか。
「不二。申し訳ない」
「ん?わっ…」
 言うなり、柳くんは僕を強く抱き締めてきた。驚く僕に、耳元で、赤也を見ろ、と囁く。
「あ。」
 見ると、切原くんの眼はいつの間にか真っ赤に充血していた。そうして、相手コートに一発もの凄い勢いの打球を返すと、何かを感知したように僕の方を向いた。僕がここにいることは柳くんしか知らないし、それに、あの練習で切原くんが余所見なんか出来るはずないから、僕がここに居るなんて分からないはずなのに。
「柳くん、ちょっと…」
 まるで猪のように突進してくる切原くんに身の危険を感じ、僕は無理矢理柳くんを引き剥がした。その勢いが強すぎて、柳くんは尻餅をついてしまったけれど。とりあえず、自由になった僕は、大きく深呼吸をし、向かってくる切原くんに構えた。けれど、僕が見たときには既に、切原くんの赤目は引いていて、猪のようだった勢いもなくなっていた。変わりに、気持ち悪いくらいに緩んだ笑みを見せながら、僕の方へ歩いてくる。それはそれで身の危険を感じるほどのものだったのだけれど。
「な、気持ち悪いだろう」
 立ち上がった柳くんは、自分の身体についた土埃を払いながら言った。そうだね、と切原くんに視線を向けたままで頷く。
「不二の身に危険を感じると、赤目になる。試合のときとは違って、周りに居る全てのものに被害を与える。不二の写真を見せると落ち着くのだが、今度は逆に、ああなる」
 どうにかしてくれ。溜息混じりに呟く。けれど、柳くんの願いは切原くんの僕を呼ぶ声に遮られてしまって、僕の耳には殆んど聞き取れなかった。
「不二サンっ、やっぱオレに会いに来てくれたんスね?」
「……会いにって。別に僕は――」
「そうだ。不二がどうしてもお前に会いたいというから、連れてきたんだ」
 柳くんに連れてこられただけだ、と言おうとしたのに。それを柳くんに遮られてしまった。ムカついたから睨んだけど。珍しく眼を開けていた柳くんは、切羽詰ったそれで僕を見ていたから。大人しく、僕は口を閉ざした。
 とりあえず、フリでもいいから、自分が赤也を好きだと言って、赤也を安心させてやってくれ。そうすればきっと、この現象も収まる。
 切原くんが僕の前に立つよりも先に、それだけを言うと、柳くんは足早にコートへ行ってしまった。まるで、逃げるように。
「柳先輩、気がきくっスねぇ」
 僕の前に立った切原くんは、もの凄く自然に僕の腕に自分のそれを絡めると、体を寄せてきた。まるで、恋人同士であるかのように。
 一体切原くんは、日々どんな妄想をしているのか。第一、僕は切原くんが僕を好きだなんて、本人から聞いて無いのに。
 まぁ、仕方ないかな。僕としても、偶然でもなんでも、行動を察知されるのは好ましくないし。今日だけ恋人のフリでもして、彼のアンテナを取り払うか。
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