268.アルバイト(不二切)
「不二サンっ、こっち、いましたよ!」
「うん。今行く」
 なんだか悪いなぁ。楽しそうに僕を手招く彼を見て、ふと思った。でも今はそんなこと考えてたら、折角の彼の努力が無駄になるから。僕は静かに彼に近づくと、指差す先、枝で羽を休めている蝶にレンズを向けた。
 毎週というわけじゃないけど。僕は部活を引退して今暇だから、毎週に近いくらいのペースで、土曜日には写真の撮影をしている。愛用カメラはいつも持ち歩いているのだけれど、土曜日に持ち歩くカメラはもっとでかい。その荷物持ちを、僕と一緒に居たいという理由だけで、彼は引き受けてくれた。
 最初は便利だと思った。好かれるのも悪くない。ただ、それが恋愛チックな想いだったから、少し引っ掛かりはあったけれど。今はもう、慣れたし。
 だから今、悪いな、なんて思ってしまうんだろうな。
 ここに来るまでの交通費だって、こうもしょっちゅうだとバカにならないだろうし。バイト代って行って、いつもアイスやらなんやら奢ってあげてはいるけど。なんか、それだけっていうのも、ねぇ。
 だからといって、バイト代を払って上げるほど僕も裕福じゃないし、そもそも払うくらいなら、自分で荷物くらい持つし。
 そうだ。忘れてたけど、彼はボランティアでここに来てるんだった。
「ねぇ、赤也」
「なんスか?」
 そう言えば僕、いつから彼のことを名前で呼ぶようになったんだっけ。
「ここまで来るの、大変じゃない?足代とか、大丈夫なの?」
「な、なに言い出すんスか、行き成り。え?もしかして、オレ、次からいらないとか?」
「そうじゃないよ。ただ、大丈夫なのかなって思っただけ。僕は君に色々無茶を頼んでる割に、バイト代も何も払ってないからさ」
「ならいいっスけど。そうっスね。大丈夫!とは言い切れませんけど、駄目だったら、オレ、ここには来てませんから」
 安堵の溜息を吐くと、彼は僕にニッと微笑いながら言った。伸びをして、カメラの入ったケースを肩にかける。
「でも、もし不二サンがそんなにオレのこと気になるなら。バイト代、くれません?金とはいいませんから」
 言うと、彼は僕の前に立った。そのニヤけ顔に、バイト代として何を要求しようとしているのかは、すぐに分かった。
「いいよ」
 分かったから、彼が僕の予想以上のものを言い出す前に、僕は彼の肩を掴むと、触れるだけのキスをした。
「…………」
「これからも、よろしくね」
 僕からのことに呆然としている彼に、微笑いながら言うと、彼は真っ赤な顔で元気よく頷いた。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送