270.風邪をひいた日(周裕)
「悪ぃな、兄貴」
「ううん、気にしなくていいよ。元々、裕太の看病は僕の役目だしね」
 優しく微笑うと、兄貴は毛布を肩までしっかりかけてくれた。水、持ってくるね。そう言って、部屋を出る。ドアの閉まる音が、妙に大きく感じられた。
 久しぶりに部活が休みで。兄貴も暇だって言うから、帰ってきた。前日、ちょっと風邪ひいたかな、って感じだったんだけど、兄貴が待ってると言ったので、無理をした。その結果が、このザマだ。
 折角、二人で何処かに出掛けようと思ってたのに。
 溜息を吐く。それとほぼ同時に、ドアが開いて兄貴が入ってきた。
「溜息なんか吐いて。辛い?」
「そうじゃねぇよ。……なんでこんなときに、風邪なんか引いちまうんだろうなって思ってな」
「残念?」
「そりゃそうだろ。色々考えてたんだぜ、今日は早起きして何処行こうとか」
 はい、と蜂蜜入りの湯を渡される。ストローがついていたので、オレは身体を起こさずに飲んだ。口を離し溜息を吐くと、兄貴は微笑った。
「なに微笑ってんだよ。人が風邪で苦しんでるって言うのに」
「僕は、裕太が風邪を引いてても引いてなくても同じだったろうなって思ってね。まぁ、元気ならそれに越したことはないんだけど」
 言いながら、布団の中に手を入れると、オレの左手を強く握った。ひんやりとした感触に、右手を伸ばすと、兄貴の手を包むようにして握り返した。
「同じって、どういうことだよ」
「僕は、裕太の傍に居ることが出来れば、それだけで充分だからさ」
 ふわりと、幸せそうに微笑うから。熱の所為なのかその所為なのか、オレは一瞬眩暈がした。
「ふふ…」
「なんだよ」
「何か、昔を思い出すよね。裕太が風邪引くと、僕がずっと傍についてたの。母さんが居るから遊んでくればって、裕太は言ってくれてたのに」
「……そうだな」
 遠くを見るような兄貴の眼に、オレも天井を見上げると、昔のことを思い出した。
 オレが風邪を引くと、兄貴は友達との約束を蹴って、看病をしてくれた。母さんや姉貴がついてるから、と言っても、兄貴はオレの傍を離れなかった。オレの風邪が治るまで、ずっと、こうして手を握っていてくれた。だからオレは、熱だなんだで辛くても、安心して眠ることが出来たんだ。
「っ。兄貴?」
 なんて、昔に思いを馳せていると、もぞもぞと兄貴が布団にもぐりこんできた。
「なにしてんだよ。風邪、うつるぜ?」
「いいよ、うつしても。それよりもさ、久しぶりに会ったんだから。せめて、こうして傍に居させてよ」
 オレの体を無理矢理に押しやると、腕を回して抱き締めてきた。触れ合う肌が、いつもと違ってひんやりと感じる。
「もう裕太は、手を握ってるだけじゃ眠れないでしょう?」
「……それは兄貴の方だろ」
「そうだね」
 意地悪に訊く兄貴に、意地悪で返したのに。兄貴はあっさりと頷くと、さらに強くオレを抱き締めた。
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