271.夏休み(不二切)
「駄目っスか?」
「だーめ」
「いいじゃないっスか。オレ、ずっと我慢してたんスから」
「何言ってるの。自業自得じゃない。じゃ、ね」
「えっ、ちょっ…」
 無情に鳴り響く電子音。急いでリダイアルするけど、どうやら電源を切られちまったらしい。
「不二サンのバカァ…」
 ケータイを投げ出し、その場に倒れる。と、オレに催促するように、机から教科書が落ちてきた。
「英語なんてわっかんねぇよ」
 つっても、ノート一冊を英単語で埋めるだけなんだけど。
 夏休み、大会が終わってからずっと不二サンのところに通ってた。不二サンは特に拒まなかったから、それでいいもんだとすっかり思ってたんだけど。
 夏休み終了一週間前。突然、宿題のことを訊いてきて。終わってないって正直に答えたら、宿題が終わるまで外出禁止令を出された。だったら不二サンの家に泊まって一緒に宿題をやるって言ったんだけど。いつの間にやってたのか、不二サンはもう宿題が終わってて。だったら、オレ独りで不二サンの部屋で宿題をやってるって言ったら、手持ち無沙汰になる不二サンはオレに大人しく宿題をさせる自信がないって言われた。それでも言いってまだ食い下がったら、それじゃ赤也の宿題が終わらないじゃない、と言われた。
 そんなわけで。もう4日も不二サンに会ってない。いや、学校が始まっちゃえばもっと長い間会えなくなるんだけど。何て言うか、会えるのに会えないってのが、辛い。
 会うには、宿題を終わらせるしかねぇんだけど。
「駄目だ。気持ち悪ぃ…」
 昨日からずっと書いてる英単語。もう、見ただけで気持ち悪くなる。数学とか漢字とかはすぐ終わったのに。あ。でも、読書感想文はまだか。まぁあれは、後書き読みゃ、なんとかなる。だてに得意科目に国語をあげてねぇって話。
「あーあ。不二サンが居れば、少しはやる気が出るのになぁ」
「本当に?」
「へ?」
 突然聞こえた声。慌てて体を起こすと、ドアを開けたところに、不二サンが立っていた。思わず、眼を擦る。
「夢じゃないよ。本物」
「な、んで…?」
「ん。あれだけ毎日来てたのが急に来なくなると、なんだか少し淋しくて、ね」
「………ずるいっスよ。オレには来るなって言っておいて」
「だったら、そんな約束守らなければいいじゃない」
 パタンとドアを閉めると、不二サンはオレの隣に座った。顔を両手で包み、触れるだけのキスをしてくる。
「よく、我慢したね。偉い、偉い」
 犬を褒めるみたいに、オレの頭をクシャクシャと撫でながら、不二サンは言った。また、キスをしてくるから、てっきりそのままなだれ込むのかと思ったけど。
「さて。じゃ、宿題を終わらせちゃおうか」
「へ?」
「だって、僕が居ればやる気が出るんでしょう?そのやる気が消えないうちに、ね」
 ニッと楽しそうに微笑うと、不二サンはオレの手にしっかりとシャーペンを握らせた。不服だという態度を前面に出して、不二サンを見つめる。その視線に気づいた不二サンは、にっこりと微笑うと、オレの耳に唇を寄せた。
「早く終われば、御褒美あげるから」
「っス!」
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