272.ある朝目が覚めると(不二塚)
 温もりを、感じた。
 そのことに驚いている自分に、苦笑する。
 ほんの数ヶ月前までは、当たり前にあったことなのだが。
「ん…」
 少し、体を離していた所為だろう。オレとの隙間を埋めるように、体を寄せてくる。
「不二」
 名前を呼ぶと、また、ん、と呟いた。オレの体に、腕が回される。
「……あー。手塚だぁ」
 ゆっくりと眼を開けた不二は、オレを見止めると寝惚けた口調で言った。強く抱き締め、頬を摺り寄せてくる。
「夢じゃない。本物だ」
「…当たり前だろう」
 不二の猫っ毛が、くすぐったくて。オレは不二の額を押しやった。目を合わせると、不二は嬉しそうに微笑った。
「おはよう」
「……はよ」
「まだ、慣れないんだね」
「久しぶりなんだ。仕方がないだろう」
 未だ慣れない、朝の挨拶。顔を赤くしながら言い訳をするオレに、不二は、そうだね、と微笑うと、触れるだけのキスをした。もう一度、強く抱き締められる。
「少しね、驚いた」
 オレの肩に唇を当てるようにして、不二は言った。くすぐったかったが、悪い気はしないので、放っておく。
「何がだ?」
「目が覚めたらさ、手塚の温もりが合ったから」
 変だよね。呟くと、不二はオレの肩を噛んだ。その痛みに、今更、この現状が夢ではないのだと実感させられる。
「ほんのちょっと前までは、それが当たり前だったのにね。駄目だなぁ、僕って」
 独り言ちるようにして言いながら顔を上げると、額を重ねた。ごめんね、と微笑う。人のことは言えないな。そう思いながらも、オレは口にせず、ただ頷いた。でもね。不二が続ける。
「その分、何だか今、凄く倖せなんだ。ほんの少し前までは、これが当たり前になってたから。特別倖せだなんて感じなくて。温もりがないときが不倖せなんだって思ってたけど。でも、今は」
 言葉を切った不二の唇が、オレの唇と深く重なる。
 息が止まるかと思うくらいの長い口付けのあと、唇を離すと不二は微笑った。
「今は、手塚が傍に居るだけで倖せ」
 その笑顔が余りにも綺麗だったから。オレは何も言ってヤることが出来ず。ただ、不二を見つめていた。その所為なのだろう。不二は、だからといって、と付け足した。
「だからといって、離れ離れになりたいって言ってるわけじゃ無いんだよ。一緒に居られればそれはそれで凄く倖せなんだから。だから、出来れば、この幸福感を持続させていけたらなって、そう思っただけ。ずっと一緒にいながらさ」
「……分かっている」
 慌てた様子の不二にオレは微笑うと、今度は自分から不二にキスをした。
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