283.時計(不二真)
 今日は一日中不二が不機嫌だ。どうかしたのか、と問うても、何でもないよ、という不機嫌な声が返ってくるだけだ。
 原因は思いつかないわけではない。きっと、俺が遅刻したことを怒っているのだろう。初めての遅刻だ。それも3分。これくらいは許容範囲だろうと思った。不二も、こんなの遅刻に入らないよ、と言ってくれた。
 しかしそんな不二は今、不機嫌なのだ。もうすぐ駅に着いて別れなければならないというのにだ。
「不二」
「………ん?」
 反応が遅い。まだ不機嫌な証拠だ。
 繋いでいる手を解き腕にはめている時計を見る。不二の乗る電車までそう時間はない。早く不機嫌になっている理由を聞かねば、不二は電車を逃してしまうことになる。
「今日は、その。すまなかったな」
「………何が?」
「遅刻をしてしまって」
「ああ、そのこと」
 詰まらなそうに呟くと、不二は強引に俺の手を取った。歩調を速めて歩き始める。
「気にしてないよ。遅刻のことは。だってたったの3分じゃない。それに、僕なんかいつも電車のがして君を待たせてるし」
「だが、今日はお前、ずっと不機嫌ではないか。それは俺の遅刻が原因ではないのか?」
「違うよ」
 あっさりと、だが強い口調で否定された。だったら何が原因だというのだ。途方に暮れたような心持になった俺はただ不機嫌そうなその不二の顔を見つめていた。
 短い沈黙。不二は小さく溜息を吐くと大きく息を吸い込んだ。
「君は、随分と時計が好きなんだね」
「?」
「今日、時計ばかり見てる。遅刻したから、時間が気になるのは分かるけど。僕がいるのに、君は時間ばっかり気にして」
 繋いだ手を持ち上げて腕時計を俺の目の前に出すと、不二は手を放した。そのまま俺を置いて歩き出す。
「待て、不二」
 慌ててその手を掴み引きとめる。
「すまなかった」
 不二の前に回りこむと俺はただ頭を下げた。
「気づいてなかったんだもんね。しょうがないよね」
 クスクスと微笑いながら不二が帽子を取り上げる。
「不二?………っ」
「これで、許してあげるよ」
 唇を離した不二は晴々とした顔で言うと、自分の頭に帽子を乗せて楽しそうに微笑った。
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