284.おかえり(不二橘)
「お帰り、橘」
「………不二」
 久しぶりに見たその笑顔に、俺は思わず眼を細めた。そのことにか不二は小さく微笑った。俺の手をとり、歩き出す。
「校門(こんなとこ)で待つくらいなら、コートに顔を出せば…」
「ううん。ここで、待ってたかったの。杏ちゃんにもね、中に入ればって言われたんだけど」
「杏に、会ったのか?」
「うん。でも、責めないであげてね。僕が黙って置くように言ったんだから」
「何故…」
「さぁ?そんな気分だったんじゃない?」
 まるで他人のことのように言うと、不二はクスクスと微笑った。俺の肩に頬を寄せてくる。久しぶりに感じるその温もりに、不覚にも俺は顔が赤くなってしまった。
 そう、久しぶりだ。この感じは。
「退院、おめでとう」
「今更だな」
「そう?」
「退院の日時は伝えておいただろう?」
「うん。聞いた」
 だが、不二は退院の日はおろか、それから一週間、俺の前に姿を現さなかった。全国大会前で忙しいのは分かっていたが、それまで毎日のように見舞いに来ていたことと比べると、妙だった。電話もメールすらもよこさずに。
 そして今、唐突に現れた。全く。天才と言う奴は良く分からない生き物だ。
「これでも、気を使ってあげたんだよ」
「ん?」
「だから、退院のこと」
「?」
「だってほら、僕が一緒にいたらさ、皆で祝えないじゃない。だからさ、皆がひとしきり橘の退院を祝った後で僕がゆっくり祝った方が良いかなって思ってさ」
「なんだ、それは」
「僕なりの、気の使い方だよ」
 そうならそうと、メールででも説明して欲しいものだ。俺がどれだけ不安だったか。と思いつつも、連絡しなかった俺も俺だな。あれだけ杏に、気になるなら電話なりメールなりしてみれば、と言われたのに、結局何もしなかった。
「ねぇ、橘。今日は、泊まって良いんでしょう?」
「ああ。―――あ?」
「何驚いてるのさ。決まってるでしょう。今夜、君の部屋で祝うんだよ。君の退院を、朝まで。一週間の僕の我慢と一緒に、ね」
 クスクスと愉しげに微笑いながら言うと、不二は固まっている俺の手を引き、帰路を歩き出した。
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