286.いつか行ってみたい場所(不二幸)
「……そういえば」
 林檎の皮を剥いている手をじっと見つめながら、呟くように幸村は言った。
「何?」
 手の動きを止め、彼を見つめるけど。彼は相変わらず僕の手を見つめているから。僕は俯くと再び手を動かした。
「出会ったのはここで、俺はここから出られない。だから、不二とはここ以外、何処にも行ったことがないんだな」
「……そうだね」
 ナイフを置き、彼に林檎を差し出す。皮付きの方が本当は栄養があるから良いんだけど。彼は僕が林檎の皮を剥くのを見るのが好きらしく、それを許してくれなかった。まぁ別に、僕は健康体だから、どっちでもいいんだけど。
「いつか、行ってみたいな」
「何処へ?」
「ここでなければ、何処でもいい。それと、不二と二人なら」
 ああ。でも、出来れば。呟くと、彼は林檎を一口齧った。黙って次の言葉を待つ僕を見つめながら、咀嚼する。
「不二しか知らない場所へ行ってみたい。秘密の撮影スポットとか、あるんだろ?」
「……あるには、あるけど。教えちゃったら、秘密じゃなくなっちゃうじゃない」
 じ、と見つめてくる彼に苦笑しながら、僕も林檎を齧った。けど、彼は相変わらず僕を、じ、と見つめていた。何?と眼で訊くと、彼は、コホン、と咳払いをした。
「不二の秘密を、俺にも共有させて欲しい」
 やたら真面目な口調で言うから。林檎片手のその様は笑える筈なのに、出来なくて。
「しょうがないな」
 照れ隠しに大袈裟に溜息を吐いて言うと、やっとのことで僕は笑った。
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