288.cat walk(不二橘&杏)
 家に近づくだけ、嫌な予感は強くなっていた。
 それでも、今日は杏が菓子を作ってくれるというので、帰らないわけにはいかなかった。
 玄関のドアに手をかけたとき、その予感は最高潮に達し、俺の背中を寒気が走った。
「ただい…」
「桔平っ、おっかえりー」
 やはりな。
 玄関のドアを開けた俺に向かって、勢いよく不二が抱きついてきた。よろけそうになるのを何とか堪える。
「あ。お兄ちゃん、お帰り」
 キスをしてくる不二を引き剥がすと、ちょうどその向こうから、杏が出てきた。まずいと思ったが、思いのほか、杏は平常心だった。寧ろ、頬を赤くし、焦っていたのは俺独り。
「ただいま」
 咳払いをして、言う。自分から邪魔をしてきたとはいえ、杏にだけただいまと言ったとなれば不二は怒るだろうと思い、俺は慌てて不二を見た。
 そして、純粋に驚いた。
「……不二…その格好は?」
「ふふ。似合うでしょう。杏ちゃんから貰ったんだ」
 言いながら、くるりとまわってみせる。不二が身につけていたのは、よくお笑いがコントなんかで使いそうな、まぁそういった感じのエプロンだった。
「何かね、神尾君から杏ちゃんへのプレゼントだったらしいよ」
「なっ…」
「でもあたし、そう言うの似合わないじゃない?だから、不二さんに上げたのよ。ほら、そう言うの、似合いそうじゃない。実際に似合ってるし」
 ねー、と不二と杏は声をそろえて言うと、微笑った。でもね、と不二が続ける。
「本当は杏ちゃん、君に着て欲しかったんだって。僕も君に着て欲しかったかも」
「……馬鹿を言うな、気持ち悪いだけだ。ところで不二、部活はどうした?」
「何言ってんの。僕はもう引退したんだよ。君と違って、後輩の指導はしないの」
「前に来た時に暇だって言ってたから、今日、誘ってみたのよ」
「……なるほど」
 それにしても、いつの間にこの二人は連絡をとるような仲になったのか。仲、といえば、杏にこんなものをプレゼントしたという神尾も気になるが…。
「何ブツブツ言ってるの?お兄ちゃん」
「あ、いや…」
「君と神尾君の仲が気になるらしいよ」
「っ、不二!」
「なに冗談言ってるの。お兄ちゃんにはいつも言ってるじゃない。あたしが好きなのはお兄ちゃんみたいな人だって。神尾くんじゃ、ちょっと頼りないわ」
「あれ?杏ちゃん、僕みたいなヒトが好きだって言ってなかったっけ?」
「だから。不二さんとかお兄ちゃんみたいな人が好きなの。どっちかでもいいんだけど、だって二人ラブラブなんだもん。あーあ、どっかに居ないかなぁ…」
「杏、それは無理だろう」
「えー。何で?」
「よく考えてみなよ。僕と橘を足したような奴って…」
 不二の言葉に、杏は天井を見上げて考えているようだった。俺も、想像してみる。
「怖いわね」
「怖いな」
「でしょう?」
 本当に怖いよね、と不二が改まったように言う。その言い方が可笑しくて、俺たちは声を上げて微笑った。

「そう言えばさ、橘」
「何だ?」
「僕が居ることに対してはそんなに驚いてなかったみたいだけど」
「ああ」
「何で?」
「いや…帰り際、黒猫が歩いているのをたくさん見てな。ここらへんはどちらかと言うと野良犬が多いから、猫など殆んど見かけないのだが」
「ふぅん。だから、僕が居るって思ったんだ」
「ああ。…………あ」
「へぇ。黒猫って、確か、不吉っていうイメージだよね。へぇ…それで僕が家に居ると思ったんだぁ。凄いなぁ、橘の愛って」
「いや、だから、それは、だな…」

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