289.わんこ(不二切)
「あはは。やめてよ」
「…………」
「ちょっと、くすぐったいよ」
「…………」
 楽しそうに微笑う不二サンを横目に、オレは機嫌が悪かった。理由は分かってんだ。誰が見ても明らか。
「不二サン」
「ん?」
「楽しそうっスね」
「楽しいっていうか、可愛いよね」
 オレの不機嫌さを見てなのか、そこにいるヤツを見てなのか、そんなのどっちでも良いけど。とにかく、不二サンは楽しそうに言った。膝の上に乗って不二サンの顔をバカみたいに舐め捲くってる犬っころを、すっごく大事そうに撫でながら。
 普段不二サンに、犬みたいだね、って言われてる分、その様子が何かすっげぇイラつく。相手が猫とかなら、多分、まだマシなんだと思うけど。
「どこが可愛いんすか、こんなのの」
「ワンっ!」
「わぁっ」
「あはは。赤也、嫌われてるねぇ」
 指差した手を引っ込め、少し、距離を置く。これだから、犬は嫌いだ。何もしてねぇのに、吠えやがって。しかも、噛み付こうとまで…。
「ほら、赤也。そんな怖い顔してたら怯えちゃうでしょう」
 怯えてんのはこっちだっつーの。ああ、情けねぇ。
「つぅか、オレが来るの分かってるのに、何で犬なんてっ」
「しょうがないよ。僕だって今日になって母さんに言われたんだ。なんか、前からの約束だったらしいよ。ま、母さんの友人が出掛けてる一週間だけだからさ、預かってるのは」
「……オレ、ここに三泊する予定なんスけど」
「あー。じゃあ、ずっと一緒だね。残念」
「残念って…。だったら部屋まで連れてこなきゃいいじゃないっスか。それとも、不二サンは、オレよりそんな犬っころのが好きだってんスか?」
「んー。好きも嫌いも、僕、猫派だし」
 何だそりゃ。じゃあ、オレよりも猫ってこと?折角、不二サンのために、犬みたいって言われることに喜びを感じるようにしたってのに。
「ほら、そんな顔しない。犬か猫かで訊かれたら猫をとるけど。それ以上に、僕は赤也が好きなんだから」
 だから、こっちおいで。犬をわきに退かし、その代わりにオレを手招く。なにをどうやったのかは知らないけど、犬はそれ以上不二サンに近づこうとはせず、逆に開けっ放しのドアからでて行った。
 犬が戻ってきそうにないのを確認して、不二サンの隣に座る。
「よしよし、良い子だね」
 妙に優しい口調で言うと、不二サンはオレの頭をガシガシと撫でた。それがさっきまでの犬に対するものと同じだと思いながらも、悔しいけど、やっぱりオレはそこに心地良さを見出していた。
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