不二先輩の開眼は怖いって、みんな言うけど。俺はそうと思わない。まぁ、俺が先輩の眼を見るときが見るときだって言うのもあるんだろうけど。 俺を見る先輩の蒼い眼は、いつも優しくて。それでいてその奥には熱を持ってる。そんな眼なんだ。 なのに、みんなは正反対のことを言う。怖くて、そして冷たい眼だって。 でもそんなの見たこと無いし。だからそんなの嘘だって思ってた。そう、思ってたんだ。ついこの間までは…。 その日俺は体調が悪かった。暑いのは嫌いじゃないけど、蒸し暑いのは苦手で。しかも連日ゲームのやりすぎで寝不足気味。それなのにも関わらず、部長や乾先輩は相変わらず厳しいメニューをだしてくる。 最悪だ。 グラウンドを走り終え、呼吸を整える。何度か屈伸をし、立ち上がろうとした。瞬間、目の前が真っ暗になった。 「おっと」 頭を何かに押されるような感覚。倒れそうになった俺を、優しく力強い腕が抱き止めた。 「越前くん、立ち眩み?大丈夫?」 「不二、先輩…」 腕に抱かれたまま見上げると、心配そうな眼。優しい眼。俺はそこが居心地良くて、思わず首を横に振った。 「じゃあ、少し部室で休もうか」 「……部室って、蒸し暑くない?」 「大丈夫。僕がついていてあげるから。きっと、涼しいよ」 「?」 頭にはてなを浮かべた俺に優しく微笑うと、先輩は顔を上げた。 「ねぇ、越前くんが体調悪いみたいだから、僕と一緒に部室で休ませてあげたいんだけど…」 誰に、というワケじゃなく、先輩はコートに向かって声を張り上げた。途端、空気がガラリと変わる。それに気づかないのは、部長だけのようだった。 「不二。何もお前まで休む必要はないだろう。それに部室よりは保健室の方が……っ」 近づいて俺に伸ばした部長の手が、触れる寸前でぴたりと止まった。見上げると、不二先輩がみんなの言うような眼で、部長を見ていた。 「部室、涼しいよ。ねぇ、英二?」 「わっ」 不二先輩が視線を向けるよりも速く、菊丸先輩は部室に走っていった。中でサボってた二年生たちを追い出し、窓やドアを全開にする。 「あとは…」 呟いて、不二先輩が辺りを見回す。菊丸先輩に気を取られてたけど。俺の目の前で凍り付いていた部長は、いつの間にか、胃を押さえた大石先輩に引きずられて俺たちから遠ざかっていた。 「不二。これを使え」 背後から聞こえた声。振り向くと、乾先輩が袋に大量の氷を詰めてきていた。とりあえず俺を立たせると、不二先輩は乾先輩からその袋を受け取った。 「あと、栄養補給にこの乾特せぃ………いや、すまん。後でファンタでも持っていこう」 「うん。悪いね」 持っていた不気味な飲み物を慌てて後ろに隠すと、乾先輩はぎこちない動きで自動販売機に向かって歩き出した。 凄い。 思わず、唸ってしまいたくなる。不二先輩の眼は、それだけで部員の脅威になっているみたいだった。目配せしただけで、皆が動く。まるで、魔界の王みたいだ。 「さ、リョーマ」 突然名前で呼ばれて。俺はドキリとした。先輩の眼を旗から見てたから凄いとか思ったけど。実際に見られたら、俺もきっと他の人たちみたいになるんだろうな、って。 でも。 「早く休もう?」 俺を見つめる先輩の眼は、みんなが言ってたものじゃなく、いつもの俺の言う優しい眼に戻っていた。さっきまでのが夢なんじゃないかって思うくらいのものに。 「リョーマ?」 「何でもないっス」 「うん。じゃ、行こうか」 「わぁっ…」 俯いて頷いた俺を覗き込み、微笑うと、先輩は俺を抱きかかえて歩き出した。
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