294.カリスマ(不二橘)
 天井を見つめながら、深呼吸を繰り返す。呼吸が整ってきた頃、目の端に映っていた不二の口元がつりあがった。
「何を笑っているんだ?」
「不動峰のテニス部では輝かしいほどのカリスマ性も、僕の部屋(ここ)じゃ形無しなんだなって思ってさ」
 満足げに目を細めて言うと、不二はわざと俺の顔の前に腕を伸ばして本を取った。赤くなった俺の顔を、しっかりと確認するように。
「……お前の前で部長になったってしょうがないだろ」
 本を中途半端に持ち上げたままいつまでも動こうとしない不二の眼から逃れるために、俺はそれだけを言うとうつ伏せた。
「それもそうか」
 溜息混じりに呟いて、不二が俺の隣に戻る。顔を上げると不二と目が合ったが、今度は不二が先に目をそらした。端に退けていた枕を胸の下に置き、本を開く。
「そんな暗いところで読んでいたら、目を悪くするぞ」
「大丈夫。今日は満月だから。……それとも、君が電気点けて来てくれるの?」
 意味深に、不二が耳元で微笑う。
「……冗談いうな。自分で点けろ」
 その言葉の意味にまた顔が赤くなってしまったため、俺はシーツに顔を押し付けたままで言った。ごめんね、と反省の色のない声が聞こえてくる。
「不動峰の皆が、こんな可愛い橘を知ったら、どう思うかなぁ。カリスマ性、弱まると思う?」
「さぁな」
「案外、逆に強くなったりしてね。ああ、でもそれじゃライバルが増えちゃって困るな」
 などとは言いながらも全く困った様子はなく、寧ろそうなることを望み愉しんでいるかのような声に、俺は内心溜息を吐いた。顔を上げ、不二を見つめる。
「ん?」
「俺の気持ちは不二に向いているんだから、ライバルにはならないだろ」
「………そうだね。ライバルは、杏ちゃんだけで充分だ」
 俺の言っていることの意味が通じているのかいないのか。不二はそう言って優しく微笑うと、俺の額に唇を落とした。
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