299.高層ビル(不二跡)
「空、狭いね」
 車の窓を開け、地面から生えているという表現が似合いそうなビルたちを見上げながら、僕は言った。
「上に行きゃ、広くなる。なんなら今から行くか?」
「ううん。いい」
 運転手に指示しようとする彼に首を横に振ると、彼は、我侭だな、と言いたげな溜息をついた。
 心外だな。僕は我侭なんて言ってないし。そもそも我侭なのは、テスト勉強をしようとしていた僕を無理矢理に誘った彼のほうなのに。
「あー。でも、僕、あの暗い空は好きだな」
「暗い?今日は晴れてるぜ?」
「窓に映った空だよ」
 僕の前を横切り外を見る彼の耳に息を吹きかけるようにして言う。開け放った窓からも風は入ってきていたけど、それとは明らかに違う風に、彼は首を竦めた。少し頬を赤らめながらも、不満そうな眼で僕を見る。
 可愛いなぁ。呟きそうになったけど。それが声になって出て来る前に、僕は自分で口を塞いでいた。彼の唇を使って。
「っバーカ」
 更に顔を赤くして。でもそれを隠すように彼は僕に罵声を浴びせた。けど、やっぱりその顔じゃ、迫力も何もない。
「でも、窓に映った空が本物だと勘違いして突っ込んじゃう鳥もいるんだよねぇ」
 二度目のキスを避けるためか、大人しく隣に戻った彼の手を握りながら、独り言つ。すると、彼はまた、溜息を吐いた。
「やっぱりてめぇは我侭だな」
「それでも好きだっていうだけだよ。君に拉致されながらも、この空間を居心地いいって想ってるのと同じ。もうちょっと言うなら、君に我侭を言われることを嬉しいなって想うのと同じ、かな」
「……わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ、バーカ」
「分からないんだったら、顔赤くして拗ねないでよ」
 うるせぇ、バーカ。呟いてそっぽを向く彼に僕は微笑うと、手を引いてその体を抱きしめた。
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