316.あのころ(不二真)
「ふ」
 突然、隣で不二が思い出したように笑った。訳が分からずに見つめると、逆に不二に見つめ返され笑われた。
「見つめられることは、そういえば、あの頃の方が多かったかなって」
「何のことだ?」
 あの頃、という言葉に思い当たる節が全くないわけではなかったが、妙な憶測をしても仕方が無いので素直に不二に聞き返した。
「またそうやって、直ぐヒトに訊く」
 仕方が無いなぁ、と溜息混じりに言いながらそれでも不二は少し嬉しそうに見えた。そんな不二に俺も少しだけ嬉しくなる。
「憶測は事実にはならない」
「その言葉、柳くんに言ってご覧よ。絶対君の負けだから」
 クスクスと微笑いながら絡めた俺の腕に体重をかけてくる。不二にその名を出されたので俺は柳にその言葉を言っている所を想像しそうになったが、それも憶測に過ぎないと言うことに気付き止めた。
「また、推測を放棄したね?まぁ、良いけど」
 仕方が無いなぁ、と二度目の溜息を吐く。それでも不二ははやり嬉しそうなので俺も嬉しくなる。
「で。あの頃とはいつのことだ?」
「あー。忘れてた。その話の途中だったんだよね」
 また何かを思い出したのだろうか。不二は宙を見た後でまたクスクスと笑った。
「ずっとさ、僕のこと見てたでしょう。一年のときから」
「………なんだ。気付いていたのか」
「あれ?驚かない」
「柳や幸村に、あれは絶対気付かれてる、と言われていたのでな。そうか、気付いていたのか」
 あいつらに気付いていると言われても、俺としてはあれでも気付かれていないつもりだったのだがな。
「あの頃はよく僕のこと見ててくれたのに、今は余り見てくれないよね。何で?」
 あの頃を思い出していると、不二は俺の腕を抜けて前に回りこんで来た。真っ直ぐに見つめられ、俺ははやり目をそらしてしまう。
「ほら、また」
「仕方が無いだろう。あの頃は見つめるだけだったのだし」
 帽子を深く被りなおして不二を見つめるが、身長差があるため帽子は余り役に立っていなかった。真剣だった不二の目がゆっくりと細くなる。
「何だ。照れてたんだ」
「………そうだ」
「そうだ、って。あはっ、真田らしいや」
 弾かれたように笑うと不二は俺の隣に戻って腕を取った。
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