320.待って!(不二幸)
「……手、痛いんだけど」
「……………あ」
 すまない、と呟き、慌てて手を離す。俯く際に目の端に映った不二の腕には、しっかりと俺の爪痕がついていた。
 カタ、と椅子の動く音がする。もう、帰ってしまうのか。不二の手のかわりにシーツを強く握り締め、溜息を吐く。
「何。折角もうちょっと居ようかなって思ったのに。溜息なんか吐くんだ」
「――え?」
 間近で聞こえた声に、顔を上げる。と、そのタイミングで唇が重なった。
 また、椅子の音が聞こえる。
 開けた視界に映ったのは、椅子に座って微笑む不二だった。
「………帰ら、ないのか?」
「帰って欲しくないんでしょう?」
「だが、部活が…」
「言ってることと、やってること、違くない?」
 クスリと笑うと、不二は視線を下へと動かした。つられるようにして、俺も視線を動かす。
「あ」
 いつの間にそうしていたのか。俺の手は、不二の手が白くなるほど強く握り締めていた。
「それに、部活云々って言うなら、初めから情けない声で僕ヲ引きとめたりしないでよ」
「……情けない?」
「情けない。泣きそうだったよ、今日の幸村は。どうかした?」
 繋がっていない手を伸ばして俺の頬に触れると、不二はもう一度キスをした。頬から手を離し、強く握っている俺の手にそれを重ねる。
「……特別な理由は無い。と、思う。だが」
「うん?」
「多分、今までの蓄積が…」
「爆発したって?」
 顔を覗き込むようにして訊く不二に、俺は黙って頷いた。
 途端、不二が笑い出す。
「笑うな」
「ごめん。可愛くて、つい。……そっか。聞き分けのいい子だと思ってたけど。沢山我慢させてたんだね。ごめん」
 子供に言うような口調で言うと、不二は俺の頭を優しく叩いた。
「じゃあ今日は、それを外に出して、リセットしようか」
「……っていうことは」
「うん。今日はずっと、傍に居るよ」
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