333.種(不二橘&杏)
「これ、不二さんから」
 ノックもせずにドアを開けたかと思うと、手に持っていたモノを俺に押し付けて杏は言った。俺を見上げるその眼はいつもよりもきつく、少し怒っているように思えた。
「何だ?」
「いいから。受け取って」
 ぐ、と強くそれを押し付けると、杏は手を離した。そうなったら落ちるしかないので、仕方なく俺はそれを受けとった。
「不二さん、反省してた。暫くは会いに来ないって。あたしもそれがいいと思う。でも、あれはお兄ちゃんも悪いわ」
「……で、これはなんなんだ?」
「知らないわよ。兎に角、不二さんが渡してくれって。じゃ、渡したからね」
 いつもと同じ口調だったのが悪かったようだ。杏は更に眼を吊り上げると、バタン、と大きな音を立ててドアを閉め部屋を出て行った。
 分かってる。あれは俺も悪い。だが、あの不二を見ていると、どうしても謝る気にはなれないんだ。
 はぁ、と溜息を吐くと、忘れかけていた掌の負荷を思い出した。机に座り、包装を開ける。
「………缶?」
 箱の中に入っていたのは、土の入った缶だった。訳が分からずに箱を見ていると、どうやらこの土の中には既に種が入っているらしい。水をやれば5日で芽が出るとか云々。
 一体何のつもりなのか。分からないが、杏を使ってまで渡したからには、育てろと言うことなのだろう。
 早速その鉢を窓辺に置き、水をやる。
「全く。良く分からない奴だな」
 水を吸収して黒っぽくなった土を見ながら、俺は溜息混じりにそう呟いた。
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