343.元素(不二切)
「すいへーりーべ……何でしたっけ?」
「僕の船」
「あ。そうだ。僕の船っと」
 指を折りながらそこまで唱えると、彼は何かを考えるように動きを止めた。また理解らないことがあるのかと思ったけど。
「でも、こういうの覚えて、人生何の役に立つんスかね?」
 と、勉強してる時よりも真面目な顔で訊いてくるから。僕は笑った。
「笑うなんて酷いっスよ。オレ、真剣なのに」
「ごめんごめん。まぁ、言われてみれば役に立たないかもしれないけどね。でも、次のテストで赤点取らないためには、必要でしょう」
 さっきから全然進んでない彼の問題集をペンで叩きながら、僕は言った。真剣だった彼の顔が、しゅんとなる。
「……オレ、文系っスから」
「でもせめて、30点は取ろうよ。何の為に僕がわざわざ電車乗ってここまで来てると思ってるの?」
「……オレとヤるため」
「違うでしょう」
 部屋に入るなり、行き成り犬みたいに飛びついて来た彼を思い出して、僕は溜息をついた。テストやばいんで教えてください、って、メールがあったから、わざわざ電車乗って来たって言うのに。
「だって。しょーがないじゃないっスか。ここんとこ部活がびっしりで会ってなかったし、折角部活休みでも会ってくんねぇし」
「テスト休みだからね。仕方ないよ。……って。じゃあ、何。勉強教えてっていうのは、ただの口実?」
「あー、いやー、えーっと…」
 腕を組んで彼を睨む。と、彼は急に眼を右往左往させた。その様が可笑しくて、僕はまた、微笑った。
「って。また笑ってるし」
「じゃあ、こうしようか。赤也が、元素記号全部覚えたらご褒美あげるって。どう?」
「……それ、本気で言ってるんスか?」
「まぁ、嘘だと思うなら、それでもいいけど。そしたら、何も無しだよ。今日は勉強だけ。さ、どうする?」
「………いいっスよ。やってやるっスよ。後悔しても、知りませんからね」
 言うと、彼は僕から教科書へ視線を戻した。ブツブツと指を折りながら呟く。良く見ると充血し始めてるその眼に、僕は頬杖をつきながら、気づかれないように笑った。
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