346.境界(不二幸)
 後、数センチ。心臓の音が、耳に痛い。
 ぎゅ、と強く目を瞑って、その時を待つ。けれど、やってきたのは、不二の吐息と、クスクスという微笑い声だった。
 ゆっくりと、目を開ける。
「緊張してる?」
 真っ直ぐに俺を見つめる蒼い目。いつもならば直ぐそらしてしまうのだが、距離が近すぎた為、逆に俺は目をそらすことが出来なかった。
「べっ、つに」
「そう?手、汗ばんでるみたいだけど」
 クスクスと微笑いながら、繋いだ手を強く握ってくる。
「不二がそうやって強く握ってるからだろ」
「誰が強く握ってるって?」
 呟いた俺に、不二は益々楽しそうに微笑うと、絡めていた指先で俺の手の甲をトントンと叩いた。けれど、掌はしっかりと重なったまま。
 強く、繋いでいるのは俺の方だ。
「怖い?」
「まさか」
「大丈夫。ここ、病院なんだし。キスするだけだよ」
 クス、と微笑い、少しだけ距離が近づく。目を瞑りたい衝動に駆られながらも、俺はなんとかその蒼を見た。
 この数センチの距離。これが、俺と不二の境界。今まで守ってきた、友情の、最後のライン。これを越えたら。ここから先、俺と不二は…。
「だったらもったいぶらないで、早くすればいいだろ。看護婦さんが来たらっ…」
 俺の言葉を吸い取るように、唇が重なった。歯列を割って、舌が滑り込んでくる。触れるだけではない、濃密なキス。
「っは。ぁ。ケホッ」
 窒息するんじゃないかと思うほど、それは長かった。突然与えられた酸素に、咽返る。
「大丈夫?」
「あ、ああ。何とか」
 顔を覗き込んでくる不二に、俺は笑顔を作ると言った。口元を伝うものを拭いたかったけれど、今度は不二が俺の手をしっかりと繋いでいたから、それが出来なかった。そのかわりに、不二の舌が、それを拭った。再び、キス。
 今度は触れただけで離れたけれど。なんだかそっちの方が恥ずかしくて、俺は顔を伏せた。不二が微笑う。
「これで、もう戻れないね」
 手を解くと、不二は俯いた俺の頭を撫でながら言った。
「そうだな」
 不二を見ずに頷く俺の顔は、真っ赤に染まっていたことだろう。
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